本当に不思議なことだけど、勝己くんを待つ時間はちっとも退屈じゃないのだ。
宿題を終わらせたあとは文庫本を読んで五、六限を過ごし、ホームルームのチャイムが鳴ると同時に教室を出た。ガラス窓に寄りかかりながら勝己くんが出てくるのを今か今かと待ち、通り過ぎるA組やB組の生徒の物珍しそうな視線を俯きながら受け流す。
勝己くんが教室から出てきたとき、(昼休みにも見た)男の子たちと何か揉めていたけれど、数分してすぐ「帰んぞ」と彼らを置いて昇降口へと足を向けた。それに頷いて、わたしも一歩踏み出した。

中学校のときとは違う、勝己くんを取り巻く友人のタイプに呆気にとられたものの、次もし昼休みみたいなことがあったらちゃんと顔を上げて話せるようになりたいと思う。大丈夫、ちゃんと心構えができてたら、あんなみっともないことにはならないよ。
それに話せるに越したことはない。彼らはわたしの知らない勝己くんを見ているのだ。人から見た勝己くんという視点に興味がないわけじゃない。できることなら、聞いてみたい。もちろん、わたしから見える勝己くんより優先してまで得たいものではないのだけれど。


「勝己くんと同じクラスの人はいいなあ」


二人の帰り道、ほとんど無意識に呟いていた。斜め前を歩く勝己くんが呆れたように横目でわたしを見遣ったことで気付いたほどだ。あ、し、しまった!慌てたわたしは目を逸らしながら「で、でも!」ごまかすように拳を作った。


「わたしも結構前向きに頑張れてると、…思う、んだ…」


最後のほうは尻すぼみだった。友達ができたり声をかけてもらえたことが根拠になると思ってたけど、今日のお昼休みの醜態を思い出すととてもじゃないが自信満々に言い切ることはできなかった。自然と俯いていた。…ああ、わたしはまず、人見知りをなんとかしないと、ダメなんだろうなあ……。あんな風にピンチに陥ったとき、勝己くんに助けてもらってちゃ、勝己くんから見て本当にしっかりした子にはなれないんだ。当たり前のことなのに、わたしは勝己くんに見えないところで頑張って、しっかりした子になれる気がしていた。そんなの意味ないじゃんね、ばか。

でも、しっかりした子になったら、勝己くんに助けてもらえなくなっちゃう、のか。

途端に足が重くなる。泣いてるわたしを引っ張り上げる手、嫌なことどうでもいいって思わせる声、確かに救ってくれる神様みたいな君。それを手放して、わたしどうやったら立てるんだろう。

ああまた、自分が何したいのかわからなくなってきた。


「……」


気付くと勝己くんは面白くなさそうに口を尖らせてわたしを睨んでいた。顔を上げたわたしは内心も相まってうろたえる。もう住宅街まで来ていて、この道をまっすぐ行けばそれぞれの家に着くのに、勝己くんが足を止めたのにつられて立ち止まった。後ろめたさもあって勝己くんの顔が見れない。視線をさまよわせながら、結局アスファルトの道路に落ち着く。
はあ、と息を吐く気配。おそるおそる見上げると、肩の力を抜いてわたしを見遣る彼と目が合った。表情から読み取れる感情は、ない。


「んな不安そーな顔してんな」
「…うん」
「しっかりした奴になりてーんだろ」
「……うん」


力なく頷くと、いよいよ勝己くんは目を伏せて、それからまたわたしを見据えた。双眸は勝己くんの意思とは関係なく何かを訴えているようだ。それを読み取ろうとじっと見つめている間に、彼の意思に沿って伸ばされた両手が、わたしの頭に届いた。ふわりと触れたと思ったら、十の指腹でわさわさと撫で回される。それが気持ちよくて目を閉じる。犬になったみたいにされるがままだった。


「おまえは俺の一番弱い子分だから、何かあったら助けてやる」


その言葉で、わたしは何を不安に感じてたのかすっかり忘れてしまう。勝己くんの指の感触を感じながら鼻の奥がツンとなった。じわりと涙で滲む目をゆっくり開けて、力の入ってない笑顔を浮かべると、勝己くんも満足げに笑った。さっき勝己くんの目は何を伝えようとしてたんだろう。わからなくても、もうすっかり安心できていた。

とっても心強い。勝己くんが助けてくれるなら、わたしは捨て身で頑張れるぞ。


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