昇降口へ向かうかっちゃんとちゃんを教室の引き戸から覗いていた上鳴くんと峰田くんは、二人の姿が階段へ消えると同時に脱力した。さっきまで散々かっちゃんに絡んでは怒らせていた彼らはようやく意気消沈したようで、ドアにもたれかかるようにずるずると座り込んでいた。そのそばで苦笑いを浮かべる切島くんと同じような顔を、成り行きで残っていた僕もしてるんだと思う。


「こいつらほどじゃねーけど、確かにびっくりだわな」
「普段のかっちゃんを見てたらそうかもね…」
「そっか緑谷は慣れたもんか」


躊躇せず頷くと切島くんはフーンと視線を廊下の方へ動かした。まるで一足先に帰っていったかっちゃんたちを思い出しているようで、僕はやっぱり苦笑いで肩をすくめるのだった。
上鳴くんたちの衝撃はおそらくちゃん一人「だけ」が現れたからだろう。中学の光景だったらこんな風にダメージを食らわなかったんじゃないかな。思いながら、かっちゃんのあとについてくのが男女三人だったあの頃を想起する。まだ一ヶ月前の光景だ、そこまで懐かしくもない、新しい方の記憶だった。
一緒にいた友人たちの中で女の子一人だけが残ったから傍目からの見え方がだいぶ変わったのだろう。左右されないのは、そうか、僕だけなのか。


「あのバクキレマンに彼女…」
「か、彼女じゃないよ」
「彼女みてーなモンだろーが!!」


上鳴くんの剣幕にどうどうと苦笑いする。この数日間でかっちゃんとちゃんが一緒にいるところを見たのは初めてじゃなかったけれど、こうして周りがざわついてようやく自覚した。彼らと高校が同じ唯一の幼なじみである僕は、二人「だけ」が一緒にいても、それはいつものことで、当然のことだと思うのだ。


(…変かな?)


ふと客観的に考え、無意識に顎に手を当てていた。すぐに、変じゃないと思い直した。僕は多分、かっちゃんが一人でいることに違和感はないけれど、ちゃんがかっちゃんといないことには凄まじい違和感を覚えるんだ。
なぜかというと僕の中のちゃんは「女の子」というより「かっちゃんの子分」だからで、幼稚園くらいまでは僕もその中に混ざって近くにいたから余計に染み付いてるのかもしれない。ちゃんを見ていていつからか漠然と思っていた。ちゃんはかっちゃんなしで生きれないのだ、と。それは僕の法律ではなく、ちゃんの法律が言っているのだ。近くにいた僕はたまたま彼女の治める領域(それはまた狭い狭い範囲ではあったけれど)にお邪魔する機会があって、そこでしばらく彼女の世界のルールについて学んだのだ。幼い頃から確立されていた侵せない彼女の支柱だ。何年経ったって揺らぐ日は来ないんだろう。

ちゃんの世界はかっちゃんを中心に回っている。

視線を廊下へと動かし、それから伏せる。ようやく気を持ち直したらしい上鳴くんと峰田くんがのろのろと立ち上がり、切島くんが帰るかと声をかけている。「緑谷も帰るよな?」「あ、うん」僕も慌てて顔を上げ、前へ一歩踏み出した。廊下に出ても、もちろん二人の姿はない。けれど容易に想像できる。四日前にも二人が帰る姿を見送った。かっちゃんと斜め後ろを歩くちゃん。染み込んでいる、幼なじみ二人の危うい関係。


「俺ァてっきり最初、緑谷の彼女かと思ったぜ」
「おおお怖いこと言わないでよ…!」


切島くんの笑えない冗談にギョッと顔を青くする。やめてよ、昼休みの勘違いのときも生きた心地しなかったのに勘弁してくれ…!「かっ、…、」あっ。思わず出かかった言葉を飲み込んだ。


「ん?」
「ううん、何でも…」


適当にごまかして切島くんの追及を逃れる。僕の勝手な主観は迂闊に口にするもんじゃないよな。落ち着かせるように心臓に手を当て深呼吸する。……そうだ、ずっと思ってることは、いつか事実として明かされる日まで胸の内に秘めておこう。
かっちゃんが、ちゃんにはパーソナルスペースが極端に狭いこととか、きっと自覚してないだけでちゃんのことが可愛くて仕方ないんだろうとか、かっちゃんの耳に入ったらそれこそ殺されてしまう。


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