校門の前にたかるマスコミなんて敷地内に入ってしまえばこちらのものだ。雄英にはいくつものセンサーが設置されているから、通行許可IDが埋め込まれてる学生証なんかを身につけてない人をシャッターとかで遮断してくれるのだ。
昨日から張っている彼らが入って来れないところまで来てホッと息をつく。血の気の多いアナウンサーやカメラマンにどきどきしてしまう。勝己くんなんてマイク向けられてたよ、聞きたいことはオールマイトについてだったみたいだけど、去年の事件を知ってるアナウンサーだったみたいで言及されていた。勝己くんにとってはいい思い出じゃないので、苦い顔をしてたけれど。

高校生活も三日目に突入して、まだまだ真新しい周囲にちっとも慣れていない。昨日初めてクラスの人と話せたけど、昼休みのあの会話だけだし、どこに何があるのかもよくわからないままだ。廊下を歩く人たちが何年生なのかも、何の学科なのかもわからない。中学の頃だって人の認識は特に疎かったけれど、雄英は一学年に10クラスくらいあるのだ。それが三学年もあるんだから、生徒の数も相当だ。きっと三年間いたって、知る人数のほうが少ないだろう。


「じゃあな」
「うん、またお昼ね!」


勝己くんへ手を振り、自分のクラスへ歩いていく。振った手は拳を作っていた。もう三日目だものね、ちょっとずつ、慣れてかないと。力を込めてないとふとした拍子にへにゃりとしぼんでしまいそうで、心臓は相変わらずさみしさにめっぽう弱かった。
お昼まで、頑張ろう。お昼は勝己くんとご飯を食べられる。教室に入り、まだ見慣れないクラスメイトの顔ぶれにそそくさと隠れるように自席まで辿り着く。ああ、これは、慣れてきたぞ……。逃げ腰だけは一級品で自己嫌悪だ。情けない。はあ、と溜め息をこぼしながらスクールバッグを肩から下ろした。

「ここで一番になっとこ、見てろ」昨日の勝己くんを思い出す。ざわついた駅のホームで、けれど彼の声ははっきり届いた。真っ直ぐわたしを射抜いた強い眼差しも覚えてる。結局詳しくは聞かなかったけど、勝己くんは出久くんに負けて、この雄英で一番になると決めたのだ。
ぎゅっとスカートの裾を握る。…勝己くんも頑張るんだ、わたしはもっと頑張らなきゃ、駄目だよね!曲げていた背筋をぐんと伸ばし、横を向く。昨日初めてお話した心操くんは、もう席に着いていた。ぐっと息を飲み込む。胸が詰まる。


「おはよう!」


勇気を出してあいさつする。強行突破だ。頬が熱い。無視されないかな、自分に向けてだって気付くかな、名前先に呼べばよかった。言った瞬間後悔に襲われるも、そんなの杞憂だと言うように心操くんはあっさりとこちらを向いた。


「はよ」


「……!」返してくれた!思わず目を見開く。ほんとに心操くんは、見た目で損してると思う。わたしなんかのあいさつに嫌な顔一つせず返してくれるなんて、とっても優しい人だ!それは孤独な教室では高価な光のようで、もし心操くんが気心知れた人だったら拝んでたくらいだった。心の中では両手を擦り合わせてる。もうほんとに、隣の席が心操くんでよかったよ〜!「なんであいさつ返したくらいでそんな目輝かせてんの」呆れたみたいに笑う心操くんに若干涙目になりながらふるふると頭を振る。ちょっと、感動してるのだ。わたしここで、一人でもやってける気が、してくるよ。心操くんのおかげだ。


「心操はよ〜」
「おお」
「そっちの女子もはよ〜」
「お…お、おはよう!」


教室の中央からやってきた男女二人が心操くんにあいさつし、ついでにというフランクさでわたしにもあいさつしてくれた。すごい、知らない人にこんなに軽くあいさつできるなんて。驚きのあまりどもってしまったけれど二人は気にする様子もなく、ロングヘアの女の子のほうはちょうど空いていた心操くんの前の席に遠慮なくガタンと座った。「てか名前なんだっけ」「あっ、、です!」「なんで敬語。うける」彼女とのやりとりにカーッと赤くなってしまう。すごい、すごい!友達の輪に入ってるみたい!サラリと流れる髪の毛を肩にかける彼女は見た目よりサバサバしているみたいで、くだけた口調で笑っている。前髪を分けた背の高い男の子はしっかりしてそうな印象で、心操くんと何か話していた。知らない人たちとこんな風に話したのなんて年単位で久しぶりだ。緊張する。それと同時に大興奮で心臓はバクバクだ。下手なこと言って嫌われないように、と口をピッと結んだタイミングで、「てかさ」女の子はわたしの目を見た。


「やっぱもヒーロー科編入狙い?」
「へ…?」
「ほら、五月の体育祭でいい成績残せばヒーロー科に編入できるかもってやつ。先生言ってたじゃん」


女の子が足を組んでそう言う。思わず目を丸くしてしまう。普通科の生徒がヒーロー科に編入できる?そんなシステム、知らない、寝耳に水だ。先生っていうのは担任の先生だろうか。ずっとびくびくしてたから担任の先生の話もロクに聞いてなかった、のだろう。

心臓が別の意味でどきどきしだす。机の下でスカートをぎゅうと握る。……ヒーロー科に編入、できるかもしれないんだ。そしたら、わたし、勝己くんと同じクラスに、……。


「……ちがう、よ…」


か細い声だった。伏せた目は床と机の脚だけを映していた。頭の中には編入の二文字のあとに、朝、じゃあなと言った勝己くんの顔が、浮かんでいた。

勝己くんは、普通科ならいいって言った。ヒーロー科にいるわたしは勝己くんの望んだ立ち位置じゃない。だったらわたしはずっと、ここで、勝己くんのそばにいて、そうだよ、勝己くんが一番になるところを、見るんだよ。


「そうっぽいけど」


茶化すように言ったのは心操くんだった。彼へ顔を上げ、下手くそに口を笑わせる。ふるふると首を振る。違う、違うよ、編入したいなんておもってないよ。


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