予想通り入学式とホームルームで半日が終わった。まだ日は高いので、帰りの車内は朝のラッシュが嘘のように空いている。八人掛けの座席に座り電車に揺られながら、朝は見る余裕もなかった外の風景は、しかし地下を通っているため見応えはなかった。トンネルの壁で等間隔に光る電灯をぼんやり眺めながら、はあ、と溜め息をつく。明日から憂鬱で仕方ない。

春休み、まだ見ぬ高校生活に期待がなかったといったら嘘だ。わたしは思ったよりしっかりした子で、友達もすぐできて、一人でもやってけるかもしれないと、少しだけ期待してた。でも現実はそう甘くはなくて、わたしは誰の顔もまともに見られなかったし、友達はできてないし、心の中で何度も勝己くんに助けを求めた。だんだん情けなくなってくるわ俯く首が痛くなってくるわで、心身ともに疲労困ぱいだ。溜め息もつきたくなるよ。

ピクリと隣の気配が動いた。勝己くんだ。放課後の鐘が鳴ってすぐ教室を出て、A組の前で待って一緒に帰ることに成功したのだ。とはいっても勝己くんは一番目に教室を出てきてくれたから、ほとんど待ってない。
その勝己くんは教室を出てきたときからどこか機嫌が悪そうで、うかがってみても原因はわからなかった。気になるけれど前を歩く勝己くんのあとをついてくだけのわたしは、それでも半日ぶりの彼に心の底から安心したのだった。

投げ出した足は楽な幅で開き、太ももの辺りで緩く絡ませていた両手が何かを思考してるようだった。肩に掛けられてたカバンはわたしと反対側に置かれてる。ヒーロー科は、入学式をやらずにグラウンドで体力テストをやっていたんだそうだ。それを入学式の校長先生の話で聞いたときは驚くと同時に絶望した。ただでも勝己くんと会える数少ないチャンスだと思ってたのに、自由が売りの校風とやらのおかげで顔を見ることさえ叶わなかったのだ。式中肩身の狭さで死にそうになっていたのは想像に難くないだろう。聞くとヒーロー科はガイダンスもロクになかったんだそうだ。

そうやって、ポツポツと話はしたけれどどれも短く終わってしまって、わたしと帰るのが嫌だったのかもしれないとうっすら思いつつ聞きはしなかった。聞いて、もし肯定されたらどうするつもりだよね。わたしはたとえ勝己くんがどう思ってようともそばにいたかった。言葉のないこの距離だって、どんなに幸せか。

結局わたしは最後まで、携帯を見たりなんか一度もしないで、隣の勝己くんの気配をただただ享受していた。



「なあ」


二人の帰り道が分かれるところで、勝己くんは足を止めた。それまでほとんど無言に近かった彼の呼び掛けに内心驚いて、同じように足を止めて向き直る。てっぺんに近い高い位置から降り注ぐ日差しは、けれどこの雰囲気には似つかわしくないことを、なんとなく感じ取っていた。両手をスラックスのポケットに入れて立つ勝己くんはやはり虫の居所が悪そうに口を尖らせている。それをわたしは、水の中に立ってるような感覚で見つめていた。


「デクは無個性の石っころだったよな」


吐き出した言葉に、すうっと息を吸い込む。


「うん」


深く考えなかった。頷いてから彼の言葉を吟味したけれど、間違ってないと思う。出久くんは、無個性の石っころだよ。去年の春、勝己くんを助けるため敵に立ち向かった背中を思い出す。

そう、わたしより勇敢な、無個性の男の子だ。

「だよな」勝己くんはわたしの返答にフンと鼻を鳴らした。決して笑ってはいなかったけれど、まるで安心したように見えて目を瞬かせる。今の問いかけに、イエス以外の返事が返ってくると思ったのだろうか。


「じゃ、明日もここに七時半な」


そう言って踵を返した勝己くんにハッと我に返ったわたしは「うん!また明日!」背筋を伸ばして大きく手を振った。朝話したこと覚えててくれた!嬉しくて、にこにこしながら軽やかな足取りで目と鼻の先の家まで帰った。

そうして気分がよかったから、勝己くんのさっきの言い方が過去形になってたことには、最後まで気付かなかったのだ。


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