今日は半日授業なので、きっと入学式とかガイダンスで終わるんだろう。ノートは一応持ってきてるけど教科書とか問題集はまだもらってないし、初日から授業なんてナンセンスだ。そう高をくくってはいるものの雄英の敷地に踏み入れてからは一層緊張が高まって、一年生の階に着く頃には指先がこれでもかってくらい冷たくなっていた。


「じゃあな」


雄英の高い天井に見合った大きなドアの前に立つ勝己くん。わたしは彼と一緒の教室には入れないのだ。「うん…」心細さに襲われながら、小さく手を振る。わたしのクラスは二つ隣だ、ドアの上にある1−Cのプレートも見えていた。
わたしだってできることなら、勝己くんと同じ教室で同じ授業を受けたかった。オリエンテーションで一人の心細さなんて知らないまま、勝己くんという広大で圧倒的な傘の下、のうのうと安心な学校生活を送りたかった。

でも、今日からそれは叶わない。ぐっと拳を作る。


「わたし、頑張って友達つくるよ…!」


他の誰でもない、勝己くんへ宣言する。今までのわたしじゃないよ、しっかりした子になって、一人のさみしい奴じゃなくなるよ、友達だって、つくれちゃうよ。勝己くんが「いい」って思うような素敵な子になるんだ。
「おお」何でもないように返事をする勝己くんに、笑顔を見せる。力が変に入ってへにゃりと笑ってしまう。


「ナメられんなよ」
「うん」
「喧嘩売られたらどこ中だテメェってガン飛ばしてやれ」
「うん、」


大きく頷く。今生の別れでもないのにとても惜しく思う。勝己くんと離れたくないから一緒に登校したいし、帰るのも一緒がいいし、お昼ご飯も一緒に食べたいと思う。わたしはとにかく、勝己くんといられないところで、一人で立てるようになるのだ。それでいつか勝己くんに友達を紹介して、また「やればできんじゃねえか」って、褒められたい。

何より、一心にヒーローを目指す勝己くんの邪魔は、したくなかった。


「…じゃあね!」
「おう」


ほとんど空元気で言い切って、足を踏み出す。勝己くんに背を向け歩く感覚はとっても違和感があった。


(…出久くん…)


歩きながら思い出すのは幼なじみの彼のことだ。無個性の彼はなんと、この雄英のヒーロー科に合格したのだ。にわかに信じられない。実技試験の内容は勝己くんから聞いてたから一層。一体どうやったら出久くんが受かるのだろう。それに将来設計を立ててた勝己くんが、出鼻をくじかれてしまった。
それでも不思議と出久くんへの憤りが湧かなかったのは、去年の彼がわたしの背中を押してくれたからなんだろう。

後ろでドアを引く音が聞こえる。未練がましく振り返ると、勝己くんがA組の教室に入っていく姿が見えた。わたしは泣きそうになるのをこらえて、キッと前を見据えるのだった。


(いざ…!)


C組のドアの前に立ち、ぺちんと両頬を叩く。その手をぎゅうと握りこんで拳を二つ作ったら、もう決心はついた。行くぞ!引き戸に手をかけ思いっきり右にスライド。圧巻の大きさに比べ軽い感触に感動したのも束の間、勢いをつけすぎてバンッと音を立ててしまった。


「……」


思わず肩を跳ねさせたまま固まる。さらに教室内から向けられた視線に瞬時に縮み上がる。怖い。一瞬にして気が削がれたわたしは、先ほどの気合はどこへやら、教室へおずおずと入るのだった。
誰とも目を合わせないようにそそくさと教卓に積まれた席順のプリントを取って決められた位置に座る。カバンから筆箱とファイルをゆっくり取り出しながら初めて周囲をうかがうことができた。当たり前だけど、知らない人たちばかりだ。さっきの大きな音で静まり返ったように感じたのは一瞬だけで、今では隣同士の人たちで話す声も聞こえてくる。知り合いにしてはどぎまぎしてるから、初対面だ。すごい、初対面でいきなりあんなにしゃべれるなんて。時間が時間だからまだ半分も来てないし、わたしの周りも誰もいない。席を立って誰かに話しかけに行くのがいいのかもしれないけどさすがに難易度が高い。隣の人が来たら声をかければいいよね、おはようって言ってそこから何か、話せば……。
…ああ去年までだったら、迷わず勝己くんのところに行くのになあ……。プリントに書いてある名前を見る限り両隣は男の子みたいだ。女の子ならまだ、ほんの少し気が楽だったのに、高校のわたしはつくづくハードモードらしい。人知れず溜め息をつく。
そうこうしてるうちに入室する生徒の姿がぞくぞくと続く。もちろん一人一人顔を見ることはできないので、わたしは俯いて机の真っ白い天板を見るだけだった。

と、ガラッとイスを引く音が間近で聞こえた。スッと背筋が凍る。き、きた、隣の人だ!心臓が心地悪い脈を打ちだす。どうしよう、あ、あいさつ、あいさつしないと。
バッと顔を向ける。隣の席の男の子もこちらを向く。目が、合、


「…!」


逸らした。すごい速さで逸らしてしまった。目が合う寸前に逸らした。いやもう合ってたかもしれない。でも無理だった。また俯いて縮こまる。無理だ、だって怖い!紫色の髪の彼、無表情だったし、目つきも悪かった。わたしなんかが到底仲良くなれそうもない人種だ。あいさつもできそうにないよ。指先はまだひんやりと冷たい。真っ青な顔のまま、机の下で両手をぎゅうと握りこむ。


(勝己くん助けて……)


声を出したところで届かない。あまりのさみしさにじわりと涙が滲んだ。


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