雄英に行くには地下鉄を乗り継がなきゃいけない。初めて持った定期券で駅構内に入り、電車が来るのを待つ。都心に向かうようなものなので電車の本数は多いみたいだ。でもそれを鑑みてもすごい人だかり。スーツを着たサラリーマンやOL、わたしたちと同じどこかの高校の制服を着た人たちが大勢ホームに並んでいた。


「この人たち全員乗るのかな…」
「たりめーだろ。通勤ラッシュなめんな」


縮こまって辺りをうかがうわたしとは対照的に両手をポケットにしまい堂々と片足重心で立つ勝己くん。受験のときも混雑してた気がするけど、今日ほどじゃなかったような。一人だったし緊張してたせいか記憶があやふやだ。
数分も待たずに電車が入ってくるも、車内は既にパンパンだった。ドアが開き何人か降りはするけれど、どう考えてもここで待ってる人たち全員が入る気はしない。列の真ん中辺りに並んでるわたしたちでさえ難しいだろう。一本見送ったほうがよさそう、思い勝己くんに言おうと顔を上げるも、「っわ、」後ろからグイグイ押されそれは叶わなかった。なんと、わたしたちより後ろの人たちは乗る気満々なのだ。慌てて隣の勝己くんを見やると、彼は特に押されることもなく自分の意思で列の流れに沿って歩いていた。


「かつきくん、乗れるの、」
「乗る。潰されんなよ」


何ともないみたいに言ってみせる勝己くんに呆気にとられていると、すぐに乗車口に差し掛かる。まさかほんとに乗れるなんて、電車の中は四次元ポケットにでもなってるのだろうか。思ったけれどそんなことはもちろんなく、中は人でぎゅうぎゅう詰めだった。ほとんど後ろの人に押される形で乗り込み、ぐいぐいと奥に追いやられる。腕にかけていたカバンが人と人の間に挟まって変な方向に引っ張られる。

あ、勝己くんと離れちゃう、


「はぐれんな」


反対の腕を掴まれた。勝己くんだ。ドアが閉まり電車が動き出す。乗車する人の動きがなくなってようやく、引っかかったカバンを引っ張り返して何とか自分の元に持ってこれた。その間も勝己くんは掴んだ手をそのままに、わたしとの距離を保ってくれていた。さすがにぎゅうぎゅう詰めの状態じゃ身動きすることはできなかったのだろう、勝己くんは次の駅で停車すると人の動きに乗じてわたしの元へ移動してくれた。「奥行け、奥」降りる人たちの波に逆らって車内奥へとわたしを押しやる勝己くんに従うように、わたしは反対側のドアへたどり着き肩をくっつけた。横向きにドアに寄りかかる体勢だ。心なしか乗車口側にいたときよりスペースに余裕がある。よかった、助かったあ〜…。カバンを前で抱きかかえホッとする。

トン

息をついたのも束の間。頭の斜め上あたりで気配がした。反射的に顔を上げると、わたしのほとんど目の前を通って、窓に手が置かれてるのが見えた。瞬時に察したわたしはすぐさま右を向く。心臓が飛び出るかと思った。


「……!」


予想通り、勝己くんがいた。彼は後ろにいる人たちに押されないように右手を窓に付いて支えているのだ。まるで勝己くんが、わたしが押し潰されないように守ってくれてるみたいだ。彼の優しさに心臓がうるさくなる。至近距離の彼を見上げるけれど、勝己くんのほうは鬱陶しそうに周囲に目を遣っていて、視線には気付いてないみたいだ。
わたしはだんだん気恥ずかしくなって俯いてしまったので、そのあと勝己くんが何を見ていたのかは、わからなかった。


乗り換える先々満員電車でくらくらしながらもなんとか雄英高校の最寄駅に辿り着くことができた。ホームルームまで時間の余裕はあるけれど、もうヘトヘトだ。青い顔ではああと大きな溜め息をつく。それが耳に入ったのか、半歩先を歩いていた勝己くんが首だけで振り返った。


「おまえ一人で登校できんのかよ」
「自信ない…」
「……」


呆れたように目を細める勝己くん。もし今日ここまでの通学路を勝己くんと一緒じゃなかったら、わたしはどうなってただろう。乗りたい時間の電車には乗れず、乗ったと思ったら潰され流され、降りたい駅で降りれなかったかもしれない。勝己くんの言う通り、通勤ラッシュはナメちゃいけない。これから毎朝あの電車に乗らないといけないのだ。
おずおずと顔を上げる。足を動かしながら、横目の勝己くんと視線が交わる。何かを言いたそうにはしてない。「……だ、」振り絞る声。


「だから、勝己くんと一緒に行きたい、な…!」


勇気を振り絞って言い切る。変に聞こえなかっただろうか。実際、この願望にとっては通勤ラッシュなんて口実でしかないのだ。わたしはたとえ毎朝座席に座れるくらい快適な通学路だったとしても、勝己くんと毎朝一緒に登校したいと思ってた。さっきまでの疲労感はどこへやら、今やわたしの身体は緊張で張り詰めていた。勝己くんに何て言われるだろう。
「いーけどよ」返答は思った以上に早かった。ほとんど即答に近いそれにわっと歓喜する。や、やった!ほんとにいい口実だ、通勤ラッシュありがとう…!


「でも中学のときみてえにクラスまでは行けねえんだかんな」


そう続けられた言葉に、あっさりと勢いを奪われる。


「……はい…」
「やっぱダメかよ」


途端に気を落とすわたしに呆れの色を増す勝己くん。ああ、どうしよう、でも許してよ、わたしほんとに今まで、勝己くんがいたから生きてこれたようなもので、勝己くんなしでやってける気がまるでしないんだ。勝己くんがいないと教室へ行くのさえ億劫だ。朝の憂鬱な気分がぶり返す。制服にも着替えたくなかったくらいの、希望のない心持ちだ。

だってわたしはどうあがいても勝己くんとは同じクラスになれない。カリキュラムから違う。ヒーロー科と普通科、A組とC組。わたしと勝己くんの、圧倒的な隔たりだった。


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