走って合流したあと、勝己くんたちはいつもの通学路を逸れて商店街に寄り道をするらしかった。そこまでの最短経路である路地裏はこの時間でも薄暗い。商店街に出れば人は歩いているだろうけど、ここではわたしたち以外に人影は見当たらなかった。途中の自販機で飲み物を買った勝己くんはやっぱりまだイライラしているみたいで、斜め後ろを歩くわたしはさっきのこともあって落ち着かない。反対に、更に後ろを歩く友人はそんな勝己くんには頓着していないらしく、あっけらかんとわたしに話しかけた。


「そういやさっき緑谷まだいた?」
「う、うん。いたよ」
「泣いてたろ。カツキきっつかったし」
「どうかなあ……」


 苦笑いでごまかす。本当は、泣いてはなかったって知ってるのだけど。勝己くんが盛大な舌打ちをしたところで三人の視線が彼に向く。呆れたように白けた目を向けるのは二人だけだ。


「おまえさァ幼なじみなんじゃねえの?」
「さすがに今日のはやりすぎ」


 出久くんと違って勝己くんに物申せる彼らに今更ながら年月の長さを感じる。勝己くんと彼の友達の関係、昔はこんなじゃなかった気がするけど、それが男友達というものなのかもしれない。「俺の道にいたのが悪い」勝己くんも勝己くんで至極簡潔に返す。足元に転がっていたペットボトルをガッと蹴り飛ばし、それが電柱にぶつかって跳ね返った。


「ガキのまま夢見心地のバカはよお……見てて腹が立つ」


 勝己くんが手に持っていたアルミ缶を爆破する、映える光景に釘付けになる。勝己くんは自分の個性を自在に操る力があるのだ。単純にその点では他の人も同じで、幼なじみの男の子もさっき指を人の何倍も伸ばして隣の子が持つ手のひらサイズの箱へ届かせていた。勝己くんの手から上がる煙とは別に、息苦しい白い煙が漂う。


「つーかてめェらタバコやめろっつったろ!!バレたら俺の内申にまで火の粉かかんだろ…!」


 くわっと怒りそれを払う勝己くんにならって男の子たちに振り返る。そう、ついに隠れることをしなくなった彼らは、三年になると勝己くんの前で堂々とタバコを吸うようになったのだ。ここはまだ人通りがないからいいけど、見つかったらほんとに迷惑がかかる。毎回勝己くんに怒られているにもかかわらず、彼らに反省の色は見られなかった。


「お……おい!」


 代わりに見えたのは、驚愕の表情だった。


「良い個性の 隠れミノ」


 排水溝を彷彿とさせるくぐもった声。背後を振り返ると、ドブ色の流動体がそこにいた。黄色の不気味な目と、剥き出しの歯がこちらを向いていた、のは覚えている。

 爆発音が耳をつんざき爆炎が視界で光る。勝己くんだ。いち早く硬直から解けた彼が立ち向かったのだ。どう見ても不審者、最悪敵だ。判断は間違ってない。相手は勝己くんの爆破に深く濁った液体をくねらせる。と思ったら、大きく広がった液体が勝己くんの伸ばした右腕を覆うように這った。予想外の行動に勝己くんが引っ込めようとするも間に合わずあっという間に身体半分が絡め取られてしまう。「ああ゛?!」苛立ちの声にハッとする。呆気にとられて棒立ちしていたのだ。反射的に、勝己くんへ手を伸ばしていた。


「かつ、」
「――っ!」


 空いていた勝己くんの左手が伸びてきて、指と指が絡む。それに心臓が反応する前にぐいっと軽く引かれた、と思ったら、その勢いで押し飛ばされた。利き手じゃなかったからそこまで勢いはなく、けれどわたしは簡単に後ろへよろけて、友達へと倒れ込んだ。次に勝己くんを視界に捉えたときにはもうほとんど飲み込まれていた。ほんの数秒の出来事だった。


「かつきくん!!」


 金切り声に近い絶叫。駆け寄ろうとしたら友達に止められてしまい、引きずられるように距離を取らされる。その間も爆発音が何度も響く。勝己くんが敵を倒そうとしているのだ。


「勝己くん!!勝己くん!!」
「あぶねーって!」
「やべえ引火してんぞ!」


 バチバチと何かが燃える音がする。液体の敵がもがく勝己くんを飲み込まんとしているのがわかり、今がよくない状況であることだけを理解する。何度も名前を呼ぶ。呼ぶことしかできなかった。まとわりつく敵から逃れるため、図らずも商店街の通りへ移動していく勝己くん。わたしたちも窮屈な路地にはいられず、広い通りに出るしかなかった。ひときわ大きな爆破によって黒煙が上がる。燃焼物は商店街のほうが多いに決まっている。勝己くんの絶え間ない爆破によってそれらはすぐに引火して燃え広がる。辺りを一瞥して、すぐに彼へと戻す。敵を振り切るために抵抗していた勝己くんが、ついに液体に飲まれて見えなくなった。


「勝己くん!!」


 飛び出そうとするも友達に止められて動けない。肩や腹に食い込む彼らの指が、カタカタ震えていた。彼らも怖いんだ。でも、今はそれより……。ガタンッと近くで大きな音がして振り向く。引火した店の看板が落ちてきたのだ。気付くとすでにあちこちで火の手が上がっている状況で、わたしたちも身動きが取れなくなっていた。商店街にいた人が悲鳴をあげながら逃げ惑う光景が目に入る。その間も勝己くんはもがきながら抵抗の力を緩めない。燃え盛る炎越しに、彼の鼻と口が覆われているのが見えた。あれじゃ息もまともにできていないはずだ。

 勝己くんを捕まえた敵の目的は、もしかして。

 思い至った瞬間、わたしは、自分の身体が急激に冷えていくのを感じた。


「やめて……」


 叫びすぎて痛めた喉は、かすれた声しか出なかった。


 数分後通報によって地元のヒーローが駆けつけ、すぐさま勝己くんの救助を試みたけれど、勝己くんの個性と敵の液体化の個性の組み合わせに手が出せず、デステゴロや他のヒーローは立ち往生を余儀なくされた。勝己くんが苦しそうに目を瞑っている。火の手は勢いを増すようで、逃げたそうな友達も動けずにいるみたいだった。熱気にあてられ汗が出るけれど、指先は驚くほど冷たい。歯もガタガタを震えていた。と、腰に木のツルが巻きついた。


「!」


 ツルの力でグンと身体が浮く。友達も同じだった。見覚えのあるそれの正体がわかったと同時に引き寄せられる。


「爆炎系は我の苦手とするところ…!今回は他に譲ってやろう!」


 やっぱりシンリンカムイだ!「まっ…」制止を頼もうにも捕まえられたまま素早い動きで商店街の入口へ連れて行かれてしまう。火災が広がっていないところまで運ばれ降ろされると、腰が抜けてへたりこんでしまった。あっという間に勝己くんが遠くなる。遠ざかって初めて、火災が大規模になっていることに気付いた。バックドラフトたちが消火活動をしているのが見える。商店街の入口に人だかりができていて、警察も見えた。
 でもどうでもよかった。そんなことより、勝己くんが。

 バリンと一帯の窓ガラスが吹き飛ぶ。勝己くんによる爆風だ。時折唸り声が聞こえ、敵に呑まれまいと必死に抵抗しているのがわかる。でも勝己くんの体力も無尽蔵じゃない。口を解放できる間隔も次第に短くなってる。このままだと、本当に、勝己くん、


「やだあ…!しんじゃあ、かつきくん、」


 アスファルトに手をつく。じわりと視界が滲む。泣いてる場合じゃないってわかってる。でも我慢できない。勝己くんがあんな危ない目に遭うのは初めてだ。強い勝己くんの、命を案じたのも初めて。
 勝己くんが死んだら、なんて、まさか


「あっ…う、う゛…」


 足に力が入らない。立てない。手はみっともなく勝己くんのほうへと這う。勝己くんがぎゅっと目を瞑る。わたしの目から、ボロッと涙が零れた。勝己くん、お願い、死なないで、嫌だ、しぬまえに、わたしは、

 かつきくんがしぬよりさきに しなないと


「かつきくん……!」


 伸ばした手。その真横を、誰かが通り過ぎて行った。

 出久くんだと気付いたときには、彼は火の中を駆け抜け、勝己くんのすぐそばまで辿り着いていた。頭が真っ白になる。出久くんが、なんで。彼が背負っていたリュックサックを敵に投げつける。すると勝己くんを覆う敵が一瞬怯んだ。その隙に勝己くんの口が解放される。出久くんが敵の液体に手を伸ばす。


「かっちゃん!!」


 出久くんの声がやけに遠くに聞こえた。自分がそれくらい離れてしまっていることに愕然とした。


「無駄死にだ!自殺志願かよ!!」デステゴロらヒーローが救助に走り出したのすら、ただ見ているだけだった。


 次の瞬間には突如現れたオールマイトの放った一撃で、液体化の敵は見事に飛び散った。トップヒーローが作り出した上昇気流によってポツポツと降り出した雨と彼の勇姿に歓喜するギャラリーの中、わたしはぐしゃぐしゃになった顔で、遠くで気絶して倒れる勝己くんを呆然と見つめていた。


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