ついに友達との会話で嵐山くんの話題が上がってしまった。きっかけはテレビのニュースに出てた嵐山くんが意図せず面白い切り返しをしたのが世間の話題になったことにある。そのおかげで現在わたしたちはテーブルを囲み、今年の三門市流行語大賞は確実だとありもしない賞をでっち上げ盛り上がっていたのだった。
 その間わたしはというと、心ここに在らずといった感じでかしこまって座っているしかできなかった。今年が始まってまだ二ヶ月も経ってないのが惜しいところだと冷静にコメントする友人にも引きつった笑いしか返せなかったものだから、当然のように三人からどうしたのかと問われてしまった。おそるおそる彼女たちに目配せをするも、軒並みキョトンと丸くした目とアイコンタクトとなる。…逆にここで言わないと、ますます悪化するだろう。


「実は大変申し上げにくいのですが…」
「おう」
「嵐山くんと……あの…」
「は?!なに嵐山くん?!」
「いつ知り合いになってんの?!」
「謀反?!」


 わー。両手を胸まで挙げソファ席の背もたれに仰け反る。こうなることは予想してたけど思った以上に三人の爆発が大きかった。


「いついつ??」
「くがつ…?」
「おまっ…10、11、12、1…五ヶ月も経ってるじゃん!!」
「なんで言ってくんなかったの?!」
「ねえやっぱ謀反だよね?!」
「謀反はわからん」


 カフェテラスの一角では今日一番の盛り上がりを更新した女子大生三人が一人を詰め寄る姿が目撃されただろう。怒られるよーと控えめに言うとハッとして辺りをうかがう彼女たち。居住まいを正し、「で、」と再度問うたのは斜め前の子だった。


「詳しく話しなさいよ」
「き、キャンパスで定期落としたの拾ってもらった…」
「はあー優しい!」
「超優しかったよ〜…」


 依然前のめりにわたしに迫る正面の子に激しく同意し他の嵐山くん親切エピソードを語ろうとすると、わたしの隣に座る女の子が「あれ?」と遮った。


「もしかしてちょっと前に駅で目撃された嵐山准と女友達かっこはてなって、のこと…?」


 途端、ギョロッと三人の視線が集まる。「な、なにそれ…?」半笑いでおそるおそる問うと友人はその噂話を話してくれた。
 十一月ごろ、嵐山くんと同い年くらいの女の子が二人で歩いているのを目撃したという話がにわかに出回っていたらしい。又聞きを繰り返されたその噂話はあの嵐山准についに恋人が、というところまで盛り上がりを見せたらしいけれど、あいにく顔が特定できるような写真を撮る非常識人はいなかったらしくあって後ろ姿をカメラに収めたくらいだった。もちろん嵐山くんは大学でも知り合いは多いため、女友達の一人や二人、と楽観的な意見も多かったうえ、嵐山くんとみられる青年も帽子を被っていたためそもそも本当に本人かという確証が得られないまま、あっさりと風化したのだという。
 もちろんわたしは知らなかった。けれど、嵐山くんは多忙の身で、記憶にある十一月に駅近くをぶらぶらした日は久しぶりの暇な休日だと言っていたのを覚えている。だからつまり、それは、わたしなのだろう…。肩をすくめ限界まで身を縮める。


「うわー仲良しかよ!」
にも聞いとけばよかった!あれうちら二人のときでしか話さなかったよね」
「次のときにはもう話流れてたもんねー」


 なに、そんな親密なの?という質問に思わずごまかすような返事をしてしまったのが気に入らなかったのか、そのあとしばらく三人による尋問が続いたのだった。


 今日は四人で駅に併設されてるデパートのアパレルショップをひやかすという目的のもと集まっていた。カフェテラスを出たあともしばらく周り、夕方には四人とも別々の店で買った洋服のショッパーを手に提げ、大満足といった風にうきうきでデパート内を悠々闊歩していた。みんなウインドウショッピングは建前で、春休みに入って会う機会のなくなった友人と話したいという気持ちが強かったけれど、それにしてはお買い物も十二分に楽しめたようだ。わたしも心なしか軽い足取りだ。このまま夜ご飯もみんなで食べようよと提案するべく振り返ると、


?」


 並んで歩く友達の後ろの方に、見慣れた姿をとらえた。

 わたしが彼の名前を呼ぶ前に振り返った友人三人は途端ギャッと甲高い声をあげた。それにいくらかお客さんの注目を集めたと同時に嵐山くんもビクッと肩を跳ねさせた。


「え、ちょ、!」
「うわ、」


 腕を引っ張られ嵐山くんのところに連れてかれる。同い年の女子四人に詰め寄られる嵐山くんの心情やいかに。申し訳ないと縮こまりたいのになぜか友人たちはわたしを盾にして嵐山くんをうかがうのでそうもいかなかった。


「あ、嵐山准ですか…?!」
「はい、そうです」
「本物!!」
「やばい!テレビで見るより男前!!」


 さすがは広報担当の嵐山隊隊長。ミーハー女子大生×3の勢いに押されることなく堂々としている。きゃあきゃあと騒ぐ彼女たちを背に苦笑いしていると、視線に気付いて嵐山くんと目が合った。ごめんとの謝罪を込めてへらりと笑うと、嵐山くんはなんでもなさそうにニッと笑みを深めた。


「あの、わたしら同じ大学の一年なんですよ!」
「はい、の友人ですよね」
「…〜〜!!」


 バシバシと叩かれるのに悪い気はしないし、正面の嵐山くんからは暖かい視線をもらうしでわたしはもう、ふやけてしまいそうになりながらも、なんとか苦笑いの顔を保っていた。





「なんかごめん…」
「いや、俺こそ。邪魔するつもりはなかったんだが」


 あのあと結局、献上する形で嵐山くんにわたしを差し出した友人たちはさっさとレストランフロアに行ってしまった。嵐山くんがこのあと暇なことを聞いたときはまさか五人でご飯食べるつもりじゃないだろうな…?!と戦慄したものの、そんな予測はあっけなく外れ、「のことをどうぞよろしくお願いします」とにっこにこしながらドンッと勢いよく押し出したのだった。
 付き合ってることは言ってないのにその態度は何だと突っ込みたかったけれどもちろんそんなことは言えず、わたしは半ば呆然としながら三人を見送ったのだった。エスカレーターの方へと消えたのを見届け、とりあえずと駅の方へ向かうことにしたわたしたちは一番近い連絡通路へ歩を進めた。(持つよとわたしのショッパーに手を伸ばされたけれど、それは断った。どこまでかっこいいんだ)なんでも嵐山くんは基地からの帰りだったらしく、何となく立ち寄ったデパートでわたしの姿を見つけ声をかけたのだそうだ。たまたま会ったのが今日でよかった。嵐山くんとの関わりを友達に話してないときに会ってたら、間違いなくあの場でもう一時間くらい立ち話という名の尋問を決められていた。
 しみじみタイミングの神様にお礼をしていると、隣を歩く嵐山くんはさっきから顎に手を当て考え事をしていたらしく、ふと呟いた。


といると自分が有名人なこと忘れるんだよな」


 その言葉には少し納得してしまった。確かに嵐山くんといるときはわたしも、彼のことをテレビの向こうにいる嵐山准だとほとんど意識していなかった。ただの友人である嵐山くん。そういう認識だったから、友達にも特別報告する気が起きなかったのだ。考えている横顔をじっと見つめていると、横目を向けた彼と目が合う。


「それどころじゃないからかもしれないな」
「……、え」


 思わず漏らしてしまったリアクションにハッと口を噤む。反応しないほうが身のためだった。言葉の真意に気付かない振りをしたかった。咄嗟に逃げるように俯く。


「…た、確かに、嵐山くん、有名人ってイメージ強かったのに最初から話しやすかったよ」
「俺もとはびっくりするくらい気楽に話せたよ」


 何でもないようにサラッと返されてしまい呻く。心からの笑顔だ。嵐山くんの笑顔は本物だと他の誰でもないわたしが信じている。そこから伝わってくる慈愛の視線がむずかゆくて、わたしはどうせなら思いっきり笑ってしまいたくなるほどだった。

 電車に乗ってわたしの家の最寄駅に着き、近くのお店でご飯を食べた。それから十五分ほどの道のりを歩けば家に着く。最初は断ったけれど、もう暗いからと押し切られてしまった。
 この間も、送ると言ってここの夜道を二人で歩いた。今と同じくらい遅い時間だっただろう。あのときの緊張はまだ鮮明に覚えている。
 先日、外で堂々と告白劇を繰り広げた割にはその話は広まってないらしい。あのとき人通りはほとんどなかったし、目撃者はいなかったんだと思う。そもそも嵐山くんは広報部隊として顔が広いから、そういう恋愛沙汰が表に出るとあとあと厄介なんだそうだ。だから当分は最低限の近しい人にしか教えないスタンスで行かせてくれと頼まれた。わたしとしても言いふらしたいわけじゃなかったし、彼の立場を考えるとその提案にはいろんな意味で深く頷きたかった。
 大学で仲良くしてる友人には口止めをした上で言ってもいいと許可を得てはいた。けれどタイミングが掴めず、結局言えずじまいだった。そのことを伝えれば、嵐山くんはちょっと驚いたように目を見開いて、「知らなくてあれだったのか」と漏らした。


「パワフルな友達なんだごめん…」
「はは、でもが友達といるの初めて見たから新鮮だったな」


 それには複雑な気持ちになり苦笑いをしてしまう。嵐山くんに他意がないのはわかっていたので嫌な気持ちにはならなかったけども。


「それに俺も嬉しかったしな」


 軽く手を引かれ立ち止まる。隣の嵐山くんが足を止めたのだ。顔を上げると、街灯の下、静かに笑う彼と目が合った。手はまだ繋がれたままだ。あらしやまくん?問うと彼は一度目を伏せたあと、意を決したようにわたしを見据えた。


「キスしていいか?」


「……!」かっと心臓が熱くなる。身体も思考も完全に機能停止し動かない。手をたどるように一歩近づいた嵐山くんの表情は真摯で、彼も照れているのか頬を赤くさせているのがわかった。コンクリート塀がすぐ後ろにある。下がったとしてもすぐに行き止まりだ。
 動き出した思考回路にようやく我に返ったのは、嵐山くんの右手が頬に添えられてからだった。棒のようになっていた足が一歩後ずさる。案の定塀によって阻まれてしまう。
 もちろん嫌じゃない。けど、どう考えても恥ずかしい。人通りはなくても外だよ、外。嵐山くん、落ち着いて考えて、まだ心の準備が。いろんな気持ちがごちゃごちゃと混ざり合って、焦ってロクな言葉が出てこない。


「あ、あらしやまくんまって、」
「……ダメか?」


 上目遣いの嵐山くんのあざとさよ。ぐるぐるする脳内。心臓の脈拍が全身に響く感覚すら覚えた。


「ず、ずるい〜…!」


 結局わたしは、嵐山くんにあっさり白旗を上げるのだった。観念してぎゅっと目をつむる。視界がゼロになる瞬間、至近距離で楽しそうに笑った嵐山くんの顔が、まぶたに焼き付いた気がした。