その警報は世間が一時休止をする十二時過ぎに響いた。

 例に漏れず昼休憩として大教室でコンビニのサンドイッチを食べていたわたしは、ボーダー基地から響いてくるいつもより激しいサイレンに気付くもすぐには状況が読めずポカンとしていた。


『ゲート発生 ゲート発生 大規模なゲートの発生が確認されました 警戒区域付近の皆様は 直ちに避難してください』


 事態を飲み込めたのは遅れて大学のスピーカーから同じ女性のアナウンスが流れてからだった。「マジで」「やばくない?」浮き足立った周囲が次第にドタバタと慌ただしく教室から出て行く。わたしも避難しないと。我に返るなり机に広げっぱなしだった筆記用具やレジュメを乱雑にカバンに押し込み、それを持って飛び出した。どうでもいいサンドイッチは放置して行く。教室にはそれ以外にも、ちらほらと机に置かれたままの弁当箱やノートがあった。そもそも避難時にこういう私物を持って行くのはいささか緊張感のない人間と思われそうだが、最低限の貴重品すら置いていったら火事場泥棒の思うツボじゃないか。お財布も携帯も、この騒ぎに乗じて盗まれたりしたらたまらない。持ってくことに少しのためらいもなかった。

 大学付近のシェルターをいくつか思い起こし、学生の流れに沿って避難をする。周りに人がいるだけで不安がいくらか和らぐのでありがたい。大学では年三回の避難訓練があるらしいのだけれど、なんだかんだ面倒臭がってまだ一回も参加したことがなかった。まさか本当にこういうことがあるとは、といまいち危機感を覚えてない自分がいて、けれど周りが少なからず不安そうにしてるのを見て人知れず息を飲んだのだった。
 大規模なゲートの発生といってもどんなものなんだろう。廊下を早歩きで進みながらそんなことを考えていると、携帯が振動した気がしてカバンの中に手を突っ込んだ。けれどそれらしいものは掴めない。小物が散乱しているのだ。広げた筆記用具をそのままカバンに流し込んだからそのせいだ。


「……?」


 ふと、嫌な予感を覚え、覗き込みながらカバンの中をガサゴソと漁る。携帯はすぐに見つかった。けれどもう一つの探し物は、どこにもなかった。


(え、まって、うそでしょ)


 背筋がスッと冷える。挙げ句の果てに学生の波を外れ壁際に寄り、立ち止まってまで確認する始末だった。それでも一向に見つからない。ファイルの間に挟まってるかもとか、カバンの奥底に行っちゃってるかもとか考えて漁りに漁ったけれど、やっぱり、見つからなかった。

 嵐山くんからもらったシャーペンがない。

 心当たりは一つしかない。さっきの教室に忘れてきたのだ。シャーペンや消しゴムやボールペンは出しっ放しだったから、多分コンビニのレジ袋とかに隠れてて気付かなかったのだ。カバンを肩に掛け、手に持つ部分をぎゅうと握りこんだ。
 学生の波とは逆の方向に足を踏み出し、止まる。罪悪感やら焦燥感やらで、心臓がドクドクと脈打っていた。


「……」


 わたしは結局、目の前を早歩きする学生たちの波に従って、出口を目指したのだった。

 シェルターに入るまでに友達と家族の安全は確認できた。みんなそれぞれ近くのシェルターに入ると言って通信を切ったので、わたしも安心してそこへ潜った。あとはボーダー任せだ。嵐山くんと知り合いになっても詳しい仕事の内容はわからないままだったけれど、やっぱりわたしの認識は間違っていないだろう。近界民と今でも戦ってくれてる人たち。

 そう、嵐山くん。彼も今最前線で戦ってるんだと思うと、案じる気持ちは大きかった。それから、罪悪感も。


◎◎◎


 全市民への帰宅許可が下りたのは夕方になってからだった。シェルターに入る前に連絡を取っていた人たちから同じように無事の報せを受け、ホッとしながら家に帰った。リビングで親と今日の大騒動を話しながらカバンを開き、一つ一つ確認する。……やっぱり。

 はあ、と思いっきり落胆する。今すぐにでも戻りたかったけれど、大学がすでに立ち入り禁止になっていることは大学からのメールで知っていた。あまりの申し訳なさに、夜受け取った嵐山くんからの安否を問うメッセージすら胸が痛かった。