「嵐山」


 迅悠一くんと会ったのは大学の門の近くだった。四限終わり、わたしたちにとって放課後であるその時間から大学に向かう人の姿は珍しいので彼の姿は目に付いた。こちらに向かってくるその人を一目見てすぐに逸らした。と思ったら向こうは軽く手を挙げ、わたしの隣を歩く男の子の名前を呼んだのだった。


「迅!どうしたんだこんなところに」
「太刀川さんのヘルプ」


 お互い目の前で立ち止まりそんなやり取りを繰り広げる。やれやれといったように手を挙げる茶髪の彼は変わった形のサングラスを首に掛け、コバルトブルー色のジャージを着て肩をすくめている。見るからに嵐山くんの友達だろう。大学では見たことない顔だけれど、そもそもここでの世界の狭いわたしが知ってる学生なんてほんの数える程度しかいない。口調からして同い年だろうか。


「嵐山んとこには来てない?」
「来てたけどさっき断ったよ」
「あーいいな」
「おまえも忙しいだろうに。無理するなよ」
「はは。おまえに言われるとまだまだって返したくなっちゃうな」


 一分も経たないうちに二人の関係が良好であることを把握したわたしは珍しいものを見るような眼差しを向けていた。よく考えたら嵐山くんが男友達といるところを見たのは、なんだかんだこれが初めてじゃないか?佐補ちゃん副くんや桐絵ちゃんとはまた違った親密さを目の当たりにしてなぜか感慨深かった。そりゃー嵐山くんの性格なら友達は多そうだし納得しかないのだけど、想像と実際に見るのはやっぱり違うものだ。うんうんと内心頷いていると、相手の男の子の目がキョロッと動いた。視線に気付いて顔を上げる。


「初めまして。実力派エリートの迅悠一です」
「は、こんにちはです!」


「嵐山から聞いてるよー」へらりと笑った迅くんに勢いよくお辞儀した上体を元に戻す。桐絵ちゃんのときもそんなこと言ってたの聞いたし、嵐山くんはそんなに周りの人にわたしの説明をしているのか…?にわかに疑問が湧く。が、とりあえず実力派エリートというニューワードが気になり突っ込んでいいものかと目を泳がせると、迅くんはわたしを見下ろすようにスッと目を伏せた。その視線に一瞬硬直する。……?何か言いたげな彼に問いかけようと口を開いた瞬間、「じゃ、行くわ」迅くんはあっさりと嵐山くんに顔を上げた。ふたたび手を挙げて斜め前に一歩踏み出す。


「引き止めてごめんね」
「いや。頑張れよ」
「今回はすぐ終わるから大丈夫」


 わたしたちの横を通り抜ける彼を振り返って目で追う。やっぱり迅くんは意味深な視線をこちらに向けてから、前を向いて歩いて行った。気のせいだろうか。ちょうど先週も、同じような視線を桐絵ちゃんからもらった気がしてたので引っかかった。


「…わたし迅くんと会ったことあるのかな…」


 それくらいしか可能性が思いつかない。しかし顎に手を当てて神妙に言ってみたものの、もちろんそんな心当たりはなかった。


「どうだろうな。迅はそんなこと言ってなかったけど」
「あ、そう?じゃあ気のせいかー」


 手を元の位置に戻し、二人して歩き始める。今日は嵐山くんが夜に防衛任務があるというので、その時間までおしゃべりをするのだ。「さすがに迅くんみたいな人だったら話したことがあれば覚えてるはずだしなあ。アク強そうだし」と言うと嵐山くんは確かになと隣で肩を震わせ笑った。同意を得られて得意げになる。第一印象で受けたアクの強さは勘違いじゃなかったようだ。


「でもいい奴だよ。なかなか会うことはないだろうけど、仲良くしてやってくれ」


 おお、嵐山くんにいい奴だと断言されるのってかなり誇らしいことじゃないだろうか。断る理由もないと頷くと、嵐山くんも嬉しそうに笑った。彼曰く、迅くんはボーダー隊員の中でも優秀なS級隊員らしく、大学には行かずボーダーの仕事に掛かりきりなんだそうだ。嵐山くんとは違った方面で多忙を極めているご様子。それは大変そうだ、と在り来たりな感想を漏らすと、嵐山くんも同調した。どうりでさっきのやりとりがあるわけだ。二人は本当に仲が良いらしい。


「そういえば場所決めてなかったね。どこにする?」
「ああ、そうだな…」


 今度は嵐山くんが顎に手を当て考え込んでしまった。これからどこかに行こうと話していたのだ。さすがに喫茶店となれば駅の近くにもたくさんあるし、そう歩かずとも大学近くにも何店かある。嵐山くんとは家の方向が違うし、あんまりここから遠ざかるのもよくないだろう。そう思い、脳内ではある提案をする結論に至る。

 と、ちょっと違和感、というか、デジャヴを感じた。「……」目をぐるっと回して考えてみるけれど、その正体は見つからなかった。


「近くだから混んでるかもだけど、すぐそこのお店にする?」


 結局わたしはよくわからないまま、思いついた提案をした。あんまり気にすることじゃないと思ったのだ。

 べつに迅くんや桐絵ちゃんみたいな意味深な目を向けられたわけじゃないのに、どうしてだろう。嵐山くんともどこかで会ったことがあるのか?と思ってしまう。それも迅くんたちとは違った感覚を覚えたのだ。でもやっぱりそんなことあるはずないし、嵐山くんだって一度話したら忘れないタイプの人種だと思う。何より嵐山くんがそういうこと言ってないんだから。
 なにせ嵐山くんは嘘をついたり隠し事が下手くそな人なのだ。わたしに何か思うことがあればすぐ言動に現れてしまうだろう。それに彼の誠実で実直な性格は、とっくのとうに信頼に値している。彼のつく嘘に悪意はないんだというのも見て取れた。だから彼に、そういった類の不信感は一切ない。

 嵐山くんは、じっとわたしを見つめたと思ったら、「そうしようか」と笑った。

 ……もしかして、前世的な何かから繋がってる運命なんじゃ?


「…ふへっ」
「え、どうした?」


「ごめん何でもない」我ながら都合のいい考えに変な笑い声が漏れた。ばかだなあ。