96


安室さんが昨日、澁谷先生の傷害事件を解決していた。もはや緊急事態と判断し自分が安室さんのお手伝いで澁谷先生の依頼を受けていたことを暴露すると、案の定菅本先生はうろたえ、事件について話してくれた。

菅本先生は容疑者の一人だったらしく、警察の捜査にほとんどずっと立ち会っていたという。犯人は保護者の男性。三日前のサラリーマンであることは、菅本先生の話から間違いなかった。
もっと詳しく聞きたかったものの、菅本先生の次の授業とわたしのバイトの時間が迫っていたため失礼することにした。最後に安室さんについて覚えてることはないかと聞いたら、事件が解決したあと、澁谷先生の容態が悪化した連絡を受け、男女の外人と、彼らに連れられて社会科見学に来ていた小学生と一緒に病院へ向かったと答えた。

電車でポアロへ向かう途中、わたしは昨日の事件について考えていた。安室さんが事件を解決していた。ただ居合わせたのではなく、依頼から派生した傷害事件だ。菅本先生によるストーキングの件は捜査の中で露呈したらしく、直接安室さんと澁谷先生によって解決したわけではなさそうだった(さすがの菅本先生も懲りたようだけれど)。サラリーマンの件も、一応解決はしている。そう、安室さんからのメッセージは何も間違っていない。事件についても、きっと明日詳しく聞けるのだろう。

それでも隠しごとをされた気分になってもやもやしていたのだけれど、ポアロに着く頃、わたしは大変なことに気が付いてしまった。


もしかしたら安室さん、自分のせいって思ってるかもしれない。


安室さんは三日前、犯人のストーキングを止めている。澁谷先生の家まで行かせまいと胸倉を掴んでまで言いくるめていた。あれが、少なからず今回の事件に絡んでいるとしたら、罪悪感を覚えてしまってるかもしれない。とはいえ、わたしの脳みそではあのときどうするのが正解だったかなんてわからない。それでも、別の方法があれば事件は起こらなかったかもなんて安室さんが気にしてしまう可能性は、あった。
初音さんと伴場さんのウエディングイブの事件を思い出す。安室さんは帰り道、推理を間違えたことを酷く自省していた。もうあんな顔させたくなかった。だとしたら、わたしに何ができるだろう。

身支度を整え、ポアロの従業員控え室を出る。とりあえず、事件の全容を知りたい。明日安室さんに教えてもらう前に自分で知って、必要であれば今後の改善策を考えたい。話し終えた安室さんに何も言えないなんて嫌だ。


ちゃん、おはよう」
「おはようございます!」


カウンターにいた梓さんにあいさつを返す。まずは終業時間までバイトを頑張るぞ!





金曜なのもあっていつもの平日よりは客入りが多かった。夜のピークを超え、ふと時計を見ると七時を過ぎていた。マスターからもう上がって大丈夫だよと声を掛けられ、お言葉に甘えて皿洗いのキリがいいところで上がった。
急いで控え室で着替え、外に出る。そのまま店頭の歩道に出て、駅へ向かうではなく同じビルの階段を駆け上った。コナンくんに会うためだ。

菅本先生には捜査に立ち会った人物の特徴を聞いていた。そこから整理していくと、なんとなくの想像がつく。まず警察には目暮警部がいたと思われる。探偵は安室さん。そして、社会科見学の小学生とはコナンくんのことで、外人さんはジョディ先生なんじゃないだろうか。FBIがどうたらこうたらと言ってたらしいから多分そうだ。澁谷先生と親しいのは初耳だったけれど。もう一人、男性のFBIもいたらしいけどさすがにその人はわからない。
このメンバーですぐ連絡が取れるのがコナンくんだった。むしろ他の人たちの連絡先は知らないし、警察やFBIの人と気軽にコンタクトを取れるほどわたしは大物じゃない。だからコナンくんしかいなかったという方が正しいかもしれない。

二階の探偵事務所は灯りが消えていたのでそのまま三階へ行く。扉の脇の呼び鈴を鳴らすと、ほどなくして蘭ちゃんが出迎えてくれた。


さん?こんばんは」
「こんばんはー…あの、ごめんね夜に…。コナンくんいる?」
「コナンくんですか?今日はいないんです。阿笠博士の家に泊まるって言って…」


なんとまたもや目的の人物に会えない!反射的にうっと表情を歪めると蘭ちゃんは申し訳なさそうに眉を下げた。いかんいかん、蘭ちゃんが悪いみたいになってしまう。


「ごめん、ちょっとコナンくんに聞きたいことがあって…阿笠博士の家…って、行ってもいいものかな?」
「大丈夫だと思いますよ。あ、じゃあ住所書いて持ってきますね、ちょっと待っててください」


蘭ちゃんの気遣いのおかげでコナンくんの足取りが追えそうだ。蘭ちゃんが去った先の居間はここから少し見え、テレビからと思われるCMの音も聞こえてきた。毛利さんがいるらしく、わたしのことを説明する蘭ちゃんの声が聞こえる。
ほどなくして戻ってきた蘭ちゃんが、これですと白いメモ用紙を差し出した。お礼を言って受け取り、早速向かおうと踵を返す。


「何かあったんですか?」
「あ、ううん……そういうわけじゃないんだ、夜遅くにごめんね!」
「いいえ…暗いので気を付けてくださいね」


ありがとう、とまたお礼を言って、今度こそ背を向け階段を駆け下りる。二丁目か、そういえば冷蔵車に閉じ込められたとき博士の家の前で降りたんだっけ。あのときは意識が朦朧としてたから全然覚えてないや。携帯のマップを開き、歩ける距離だと確認する。よし、行けるぞ!いざコナンくんの元へ!


top /