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高坂樹理の自供により事件は幕を下ろした。僕の推理通り彼女は色の変わる紅茶を利用し自分のティーカップを被害者のものとすり替え毒殺した。ハイビスカスティーの袋の中にバタフライピーのティーパックをあらかじめ仕込んだりシュガーポットに重曹をまぶした角砂糖を隠しておいたりと、殺害計画は周到に練られていた。動機に同情できる部分はあれど、明確な殺意だ。実刑は免れないだろう。

目暮警部の指示により僕らは解散となった。高木刑事も一度警視庁に戻るらしく、毛利一家と彼に同行する形で病院を出た。
茶会が始まってから病室を一度も出なかったのは高坂樹理のみだった点から勘繰ってはいた。しかしながら毛利小五郎が何かに気付いた様子はなく、むしろティーカップのすり替えを実行するにあたって犯人が意識しなければならない「タイミングの見計らい」という点に着目し、その質問をすることができた江戸川コナンに何かを思うのは当然なことだろう。

そうだ、に事件のことを連絡するか。あの子のことだ、伏せていたのを知ったら拗ねるだろうが、言わないよりはマシか。ポケットから携帯を取り出しメッセージ画面を立ち上げる。


「帰ったらすぐご飯食べてお風呂入らないとね。結局ずっとお父さんたちについていっちゃって、もう、ダメって言ったのに…」
「えへへ、ごめんね蘭姉ちゃん…」


「……」斜め後ろを歩いていた蘭さんとコナンくんのやりとりが耳に入る。病院の廊下でフラッシュバックした過去がぶり返しそうになり、必死に押し留める。足はかろうじて動いたが、文字を打つ指は止まっていた。


「正直呪われてますよ、この病院…前にも色々あったみたいだし…」


ハッと顔を上げる。高木刑事の台詞に、反射的に本来の目的へ頭が切り替わる。「色々?」携帯をしまいながら詳しく問うと、彼は水無怜奈の入院の噂や怪我人の殺到によるパニック、爆弾騒ぎについて口にした。FBIの連中は日本の警察に協力を求めなかったため、彼は真相までは知らない様子だった。まさか僕の口からそれを教えることはしないが、この調子では楠田陸道に関する情報の望みは薄いか。


「た、高木刑事!もう警視庁に帰んなきゃいけないんじゃない?」


無理矢理遮ったコナンくんを一瞥し、腕時計を見て慌てる高木刑事へ向き直す。


「じゃあ楠田陸道って男のこととか知りませんよね?」
「楠田陸道?」


空振りか、と思った次の瞬間、彼は「ああ!」と声をあげた。


「そういえばその爆弾騒ぎの何日か前にこの近くで破損車両が見つかって、その車の持ち主が楠田陸道って男でしたよ!」


「この病院の患者だったそうですけど…」知っているのか。いや、覚えていたことに少なからず驚いた。楠田からの連絡が途絶えたことをきっかけに組織が大掛かりな作戦に出たのもあり、彼の失踪は埋もれていることも予想していたのだ。今日手がかりが掴めなければこちらのツテを使って調べさせようと思っていたところだが、思わぬところで手間が省けた。


「謎の多い事件でね…その破損車両の車内に大量の血が飛び散っていて、一ミリに満たない血痕もあって」


彼の言葉に眉根を寄せる。…一ミリに満たない高速の飛沫血痕。拳銃か。楠田陸道の車で誰かが拳銃を撃った。失踪した楠田が無関係なわけがない。撃った側か撃たれた側か。いずれにせよ江戸川コナンの様子からして何か事情がありそうだ。とすれば彼に近しくキールの一件に関わった者から情報を引き出すのが確実か。


「へえ、そうなんですか」


無意識に笑みを浮かべていた。ピースは着々と埋まっている。あともう少しだ。もう少しでおまえとの決着がつく。どこに隠れていようが必ず引きずり出してやるから、楽しみにしていろ。


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