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携帯をポケットにしまいながら事件現場である病室へ戻ると、廊下では毛利先生と目暮警部が先ほどの事情聴取を踏まえた推理をしていた。鑑識の結果が出るのはもうしばらくかかりそうか。大体の目安で測りながら彼らの近くで立ち止まる。


「安室さん、さんに連絡してきたの?」


そばにいたコナンくんが僕を見上げていた。先ほどの事情聴取に小学生の彼もさりげなく立ち会っていたのを思い出す。きっとこの少年も事件の推理を着々と進めていることだろう。見下ろし、「ああ」と肯定する。事情聴取後、用も言わず席を外した僕に何か思うところがあったのだろうか。君の予想通り、携帯を使える場所に移動して彼女にメッセージを送っただけなのだが。


「気になるだろうから、とりあえずメッセージをね」
「へえー。知ったらさん来たがるんじゃないかな?」
「どうだろう?だとしてもは今日夜までバイトだから来れないよ」


肩をすくめる。本当のことで、は夜の七時までシフトが入っている。毛利小五郎の妻である妃英理を見舞おうとしたら早引きでもしない限り間に合わない。身内ならまだしも、面識のない人間を見舞うためにわざわざ早退はしないだろう。イレギュラーが発生して連絡が遅くなってしまったため、気を揉ませたかもしれないが。さすがに仕事中だからか返信がすぐに来ることはなかった。「そうなんだ」じっと見上げるコナンくんと目を合わせる。


「それにあの子はまだ事件現場に慣れてないから、来たがらないんじゃないかな」


イレギュラーとは先ほど起きた殺人事件だ。僕が毛利先生とコナンくんと合流して少し経った頃、院内に悲鳴が響いた。僕たちがいた階の408号室へ駆けつけると、女性が床に倒れているのを発見。外傷はなく、現場にいた女性たちによると紅茶を飲んだ途端苦しみだしたとのことから毒殺が濃厚だった。
容疑者は亡くなった須東伶菜の友人である三人の女性。入院患者の高坂樹理、被害者と同じく見舞客の別府華月と八方時枝。彼女たちは高校時代の同級生であり、今日は退院の前祝いとして高坂樹理の病室でお茶会を開いていたらしかった。
現場の状況からその場にいた三人の誰かによる犯行である可能性が高かったため、先ほどまで別々に事情聴取を行なっていた。それぞれ殺害動機はあり、殺害方法と推測される被害者のティーカップと毒を塗った自身のティーカップのすり替えも可能だったが、いかんせん当時の彼女たちは一目見ればわかるほどバラバラな色の紅茶を飲んでいたため、すり替えたところで被害者が気付かないはずがないという疑問点があった。
犯人はどうやって被害者に色の違う紅茶を飲ませたのか。この少年はもう答えに辿り着いているのだろうか。そう思うほど彼の洞察力と推理力は侮れない。一見するとただの好奇心旺盛な小学生にしか見えなくとも。


さん、いつも助手だーって張り切ってるから来たがりそうだけどなあ」
「はは。確かにすぐ強がるからなあ」


ミステリートレインでのことを思い出す。殺人事件が起きたと聞いたとき、彼女は口でこそ調査しようと提案してきたが、表情はわかりやすく硬くなっていた。好奇心はそこそこあるものの恐怖には勝てない人間だった。おそらく、殺人事件が起きたと知ったらコナンくんの想像通りの行動をするだろう。しかし本心は及び腰だ。
ふと、思いついた台詞を目の前の彼に投げかけてみる。どういう反応をするだろう。


「現場慣れなら、コナンくんの方がよっぽどしてるよ」


にこりと笑顔を作ると、彼はわずかに目を見開かせた。


「伊豆の密室での行動や冷蔵車に閉じ込められたときの暗号なんか、普通の小学生じゃなかなかできないことだよ」
「ど、ドラマとか本で見たことあったから、たまたまだよ…あはは…」
「へえ、記憶力がいいんだね。さっきも僕の知り合いのことをはっきり知らないって答えられていたし」


「本当にすごいね、君は」じっと目を見つめたまま言うと、彼は中途半端に口角を上げたまま固まった。さあ、何を返す?君の謎は解けていない。小学生とは到底思えない非凡な推理力。とぼけたフリで毛利小五郎に助力するのは何故なのか。この杯戸中央病院から消息を絶った楠田陸道の何を知っている。


「そ、そんなことないよ!…あ、おじさん待って〜!」


急に踵を返したと思ったら、隣の部屋へ移動する目暮警部と毛利小五郎を追って駆け出した。逃げたな。もちろん明確な答えを得られるとは思っていなかったので今のところはいいだろう。楠田陸道に関わっている以上、彼のことは何かしら組織の関係で暴くことになるだろう。

携帯が振動し、ポケットから取り出す。からのメッセージだ。


[ありがとうございます!そうなんですね、重い病気とかじゃなくてよかったです。お大事にとお伝えください!]


最後まで目で辿り、無意識に口角に力が入る。笑ったのだ。
コナンくんの想像した行動を彼女が取るはずがなかった。そもそもには妃英理の病状しか伝えていない。楠田陸道のことはまだ探り途中だ。事件のことを話してを呼びつけるような真似をするわけがない。

…うん。返信はせず満足げに笑う。君は何も知らないまま、いつも通りの日々を過ごしていればいい。


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