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しばらくして、返り血のついた帽子とコートが散った桜の花びらの下から見つかったらしかった。犯人の物でまず間違いないと思われるそれの発見に続けと言わんばかりに凶器である長い棒の捜索が進められたけれど、それからさらに時間が経った今でも進展はないようだった。日も暮れてきて野次馬の姿も減ってきた。けれど、依然神社の出入り口は警察によって封鎖されてるはずなのでここから帰った人はいないんだろう。目暮警部を始めとする刑事さんたちの焦りが伝染するように、わたしもまだ緊張の糸は解けていなかった。このまま膠着状態だとどうなるんだろう。せめて何か手がかりになることがあればなあ…。


「どうかしましたか?」


何かないかと辺りを見回していると近くにいた弁崎さんに気付かれてしまった。ガラガラの声は相変わらずで、時折咳もしている。事件のことで頭がいっぱいだったけど、弁崎さん風邪引いてるし、早く帰って家で休んだ方がいいに決まってる。途端に心配になり彼に向き直る。


「弁崎さん具合大丈夫ですか…?」
「え?ああ、大丈夫ですよ。熱はないですし…咳がひどいだけなので」
「そうなんですか……あっ、確かわたしのカバンにのど飴入ってたと思うので、戻ってきたらあげますね!」


こないだ大学の講義前に友達からもらった飴をカバンのポケットに入れっぱなしにしてたはず。舐めたらちょっとはマシになるかもしれない。思ってそう言うと、「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」と、やはり咳を交えながら弁崎さんは困ったように笑った。


「犯人はまだ凶器の一部を隠し持っておるんじゃからな!」


聞こえた声に反射的に振り返る。どうやら今の発言は阿笠博士のものだったようだ。わたしたち容疑者だけでなく目暮警部たち警察の視線も博士に集まる中、彼は淀みなく凶器についての見解を述べていた。気になって、よく聞こえるように博士へ一歩近寄る。あとに続くように弁崎さんも隣に並んだようだった。

阿笠博士によると、凶器は大量の「ある物」を一つにまとめ、30センチくらいの棒にしたのだという。そしてそれを、たくさん見つかっても怪しまれない場所に隠したと。「子供たちに声をかけてうまい具合にカムフラージュしてのォ…」…子供たち?少年探偵団のこと?
その言葉に、少年探偵団のみんなは容疑者と会った順に言われたことを思い出していった。おみくじを結ぶ場所で会った坂巻さん。手水舎で会った弁崎さん。「お姉さんとも手を洗うところで会ったよね?」「はい。大学のお友達がさんほったらかしてナンパされてたって話をしてました」「なんも隠せてねーよな?」痛い思い出を掘り返してくる少年探偵団の無邪気さに涙が出そうだ。「よりによってそこ…」思わず漏らしてしまうと、隣に立っていた弁崎さんに苦笑いされてしまった。


「あとは、鈴を鳴らすところで会ったあのお姉さんだけだけど…」
「鈴は二つしかなかったぞ?」
「オメーら、鈴を鳴らす前に何かしなかったか?」


コナンくんの言葉に少年探偵団はピンときたようだ。あーっと揃って声を上げる。


「お賽銭!」


コナンくんや哀ちゃんを含めた少年探偵団は事の真相がわかったようだった。お賽銭として入れる小銭はほとんどが五円玉。その穴にヒモや針金を通し何枚も束ねると、細長い棒になる。それを崩してお賽銭箱から大量の五円玉が見つかっても、他のお賽銭と混ざって怪しまれないから、「細長い金属の棒」を探してる警察の目を欺けるという。棒になるほどの大量の五円玉を一気に投げ入れたらさすがの音に周りの人に怪しまれるだろうという警部たちの意見には、当時少年探偵団に「大きな音で鈴を鳴らさないと神様に届かない」と言うことで、彼らの鳴らす大きな鈴の音で賽銭箱に五円玉を入れる音をかき消したという。なるほど、すごい、それなら可能だ。消えた凶器が見つからない理由がつく。…あ、でも。博士の推理に興奮した気持ちははたと止まる。えっと、ということはつまり……。


「そうじゃろ?段野頼子さん。あんたじゃよ、犯人は!」


近くに立っていた彼女をバッと見上げる。目を瞠り動揺したようにも見える彼女の表情にわたしは直感では何もわからなかった。ただいきなり名前を呼ばれて驚いてるようにも、本当のことを言い当てられて動揺してるようにも見えた。間違いだったらかわいそうだ。反射的に思い、距離を取ろうと動かそうとした足をグッと踏みとどまる。だってまだ犯人って決まったわけじゃない。その手口を使えばできるってだけだ。ゴクリと固唾を呑む。


「しかも殺人事件が起きたのはあんたが鈴を鳴らす前…あのときすでに被害者によって財布をスられていたはずなのにそれに気付かず賽銭を入れて鈴を鳴らしたと偽っておるのがその証拠じゃよ!」


阿笠博士は確信しているらしく彼女へそう言い放つ。時系列を追えてないわたしにはわからないけど、博士の言った通りなら確かに段野さんはおかしいことをしている。段野さんはわたしと一緒で、事件の容疑者になるまで財布がスられてたことに気付いてなかった。彼女が驚きながらハンドバッグを漁っていたところはちゃんと覚えてる。しかしそれに対し段野さんは、お賽銭のマナーを述べ、ポケットに賽銭分の五円玉を入れてたのでスられたことに気付かなかったのだと主張した上で、阿笠博士に詰め寄った。「まあ、私が大量の五円玉を賽銭箱に入れるところをあなたが見たっていうなら認めてあげてもいいけど?」その様子を目の当たりにしながら、無意識に顎を引いていた。地面に目を落とすと、何枚もの桜の花びらが足元に散っていた。踏みつけられて茶色く汚れたそれらを見て、なんだかここから早く逃げたいと思ってしまった。


「見なくてもわかりますよ…あんたの靴ヒモを調べればのォ!」


「え?」完全に虚を突かれたような段野さんの声。わたしの感覚は勘違いじゃなかった。事件が解決に向かう手前の雰囲気。犯人は彼女であるという証明。手持ち無沙汰の両手を心臓の前でぎゅうと握り込む。足は棒のように動かない。恐怖とかじゃないと思う。自分の足元を見下ろす彼女を一瞥して、目を伏せる。……今回は関係ない人なのに、見てるのつらいな。


「鈴を鳴らしたあとに靴ヒモを戻して結び直したようじゃが…その靴ヒモを犯行に使ったのなら付いておるはずじゃよ…撲殺したときに飛んだ、被害者の返り血がな」


段野さんが犯行現場からすぐに立ち去れなかったのは靴ヒモのない靴を履いていたから。その証拠に、高木刑事によって捲り上げられた編み上げのショートブーツのヒモは、ところどころ滲んだ血が黒く酸化していた。目の前で明らかにされたあられもない事実に、胸が痛くなった。

この感覚は知っている。夏休みの伊豆での事件だ。桃園琴音さんが、犯人として見つかったときと同じだった。


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