73


ジョディ先生とコナンくんの推理によると、なんと撲殺された中年の女性は黒兵衛というスリの常習犯だという。さらに、彼女の懐にしまってあった財布を調べるとお札に包まれたGPS発信器が見つかったことから、この人を殺した犯人はスリの被害者だろうとの見解に至ったらしかった。


「……よし」


その旨を簡潔に文章化してメッセージを送信する。もちろん安室さんへだ。すぐ見てくれるかわからないけど、殺人事件が起こってしまったんじゃ報告しないわけにはいかなかった。もしかしたら安室さんが指示をくれて、解決に役立つことを教えてくれるかもしれない。メッセージ画面を閉じ、携帯を握りしめる。……とか言って、今のわたしは少年探偵団へ一時加入しているのだけど。

犯人がスリの被害者という可能性を導き出してから、コナンくんは他の少年探偵団へある指示を出した。なんでも、このお花見会場にある全部のごみ箱にお財布が捨てられてないか確認してきてほしいというのだ。二つ返事で頷く彼らに混ざるように、わたしも行く!と名乗りを上げた次第である。ここの境内は結構広いし、ごみ箱の数は限られてるとはいえ見落とす可能性もある。それにわたしも手伝いたい!助手魂を燃やすようにコナンくんにお願いすると、彼はちょっと困った様子で、じゃあお願いって頼んでくれた。ちなみに友達にはさっき、急用ができて戻れなくなったって連絡をした。


「……あ、あった!」


鐘を鳴らす拝殿の近くにある金網でできた円柱型のごみ箱の中に、茶色の長財布が捨てられていた。コナンくんの言う通りだ…!殺されてしまった女の人…黒兵衛は盗んだ財布からお金を抜いたあと財布自体はごみ箱に捨てちゃうだろうから、それが見つかれば財布の持ち主、つまりスリの被害者がわかる。コナンくんの頭の回転の速さに驚嘆しながら、わたしは殺人事件に関わってることも忘れ高揚する気持ちを抑えられなかった。さすがは少年探偵団だ。それに毛利さんの家に居候してるからかな?コナンくんの、情報を整理して人の見てない行動を推理する様はとてもわくわくする。まるで安室さんみたいな探偵だ。
ともかく、早くこれを持っていこう。ごみ箱に手を伸ばし、茶色の財布に触れる、直前で止めた。


「あ」


前かがみになっていた態勢を一旦立て直し、深呼吸する。…いかんいかん、これ、証拠品ってやつだよね。素手で触って指紋なんてつけてしまったら台無しだ。探偵の助手としてそんな初歩的なところで失敗したくない。わたしは羽織っていたカーディガンの袖を伸ばし、それで覆った手でお財布を掴んだ。ビニール袋やカップでいっぱいだったけれど、お財布自体はそこまで汚れていなかった。カーディガンで覆い隠した手のひらに乗せ、小走りで事件現場へ戻る。
それにしても、ジョディ先生がまさかFBIの捜査官だったなんてなあ。FBIってアメリカの警察官だよね?言われてみれば、銀行強盗のときもやけに肝が座ってた気がするし、納得できるといえば、できる。先生らしいと思っていたあの服装も、今となってはアメリカの警察官みたいに見えてくる。でもそんな人がなんでこんなところで、小学生と一緒にいたんだろう…?





わたしたちが集めてきたお財布は全部で五つ。全員一つずつ見つけたらしく、駆けつけた目暮警部の指示で順々にシートに置いていく。一番にわたしが茶色の長財布を置き、次に光彦くんが赤いがま口財布、元太くんが黒い折りたたみ財布、哀ちゃんが青い折りたたみ財布、そして最後に、歩美ちゃんが茶色のチャック式の長財布を置いた。……ん?


「あれ、歩美ちゃんの財布わたしのにめっちゃ似てる…」
「え?」


すごく見覚えある財布がブルーシートの上に置かれていた。茶色い長財布は去年自分の誕生日プレゼントに買ったものと酷似していたのだ。目を丸くするコナンくんの表情が、次第に呆れの色を濃くしていく。


「…もしかしてさんもスられたんじゃ」
「え?まさかあー」
「そうだ!ぜってースられてるよ」
お姉さんだもんね…」
「スられてますね」
「そんな馬鹿なー………ないし」
「「「ほらー!」」」
「もーー!」


財布ない!カバンの中をまさぐる手は目当てのものを引き当てることはなかった。悔しくて地団駄を踏んでしまう。いつの間に…!全然気付かなかったよ!「さん、あの女の人にぶつかられたとかない?」コナンくんに聞かれ、正直に桜並木の道でぶつかったことを話した。でもあの人は自分のカバンに手を入れられそうになって逃げてきたって言ってたんだけどなあ。それも話すと、ジョディ先生のときと同じだ!と元太くんたちに言われる。どうも黒兵衛の常套手段だったらしい。なんてことだ。でも、ということはジョディ先生も被害に遭ったってことか。まったく、こちらの善意を利用して悪事を働くなんて!亡くなった人のこと悪く言うのはアレだけど、言いたくもなるよ!ふんと腰に手を当て鼻を鳴らす。


「あ、その青い財布は私のよ」
「じゃあ、ジョディさんとさんは容疑者となりますな…」
「でえっ?!」


思わず変な顔をしてしまう。や、やばい、そうか、そういう風につながるのか!黒兵衛を殺害したのはスリの被害者って話だった。だとしたらわたしとジョディ先生も、当てはまってしまうのだ。嫌な汗が背中を伝う。ま、またか…また容疑者か…!


「違うもん!」
「あのオバサンとぶつかったあと、先生はずっと俺らといたからよー!」
「犯行の機会がありません!」


少年探偵団の弁明によりジョディ先生のアリバイは証明され、容疑者からあっさりと外れたらしかった。けれど、「じゃあさんは…」「お姉さんは…」「途中で別れたよな?」「ですね…」「………」目暮警部と少年探偵団三人の視線が向けられる。う、うわーー!そこはかとなく疑われてる!!


「ち、違いますから…!わたしみんなと別れたあとずっと友達のところに向かってました!」
「それを証明できる人はいますか?」
「……い、いません…」


友達とも結局合流する前にここの騒ぎを聞きつけて来ちゃったから、完全に一人だった。そのことを話すも、鵜呑みにすることもできないのだろう、警部は「わかりました。が……まあともかく、残りの財布の持ち主を探さないとならんな」わたしの容疑が晴れないまま他の容疑者の特定作業に移った。あ、ああ……。がっくり肩を落とし溜め息を吐く。伊豆のときも体験したけど、自分に後ろめたいところがなくても疑われること自体心労が溜まるのだ。頭を抱えてしまう。うう、安室さん助けて…。連絡を取りたくても、この状況で携帯を取り出すのは駄目だろうと思い我慢した。

わたしとジョディ先生のを除いた残りの黒、茶色、赤の財布の持ち主はなんと少年探偵団が今日会った人たちとピタリと一致していた。中でも黒い財布の持ち主はあの風邪をひいてた弁崎さんだというから驚きだ。「んじゃ探してくっからよー!」「待っててください!」全ての持ち主を特定したのち、少年探偵団が探しに行こうとする。ハッと顔を上げる。「…わたしも!」


「弁崎さんの顔しか見てないけど探すの手伝うよ!」


一人で待ってるだけじゃ落ち着かない!弁崎さんなら覚えてるから探せるぞ!元太くんたちに続くように駆け出す。「お、おい君は一応容疑者…!」目暮警部の声は人混みに掻き消え、言葉としては聞こえなかった。

トイレの周りは野次馬で溢れ返っていた。さっきジョディ先生が神社の出入り口を封鎖するよう指示してたから、お客さんは帰りたくても帰れないのだ。わたしも野次馬として来たようなものだし、この人たちの気持ちもわかる。でも人が集まりすぎて、どこに見知った顔があるのか探すのに苦労しそうだった。少年探偵団の姿もいつの間に見えなくなってしまい、完全に一人になってしまった。キョロキョロ見回し、あっと思いつく。…なんか、疑われるかもしれないけど!思いながらカバンから携帯を取り出し、メッセージのチェックをする。安室さんから来てるか確認したかったのだ。残念ながら、届いてたのは友達からの了解のメッセージだけで、安室さんからの反応は一切なかったけれど。忙しいのかなあ…。残念に思いながらそれをしまい、すぐに当初の目的に戻る。キョロキョロと、ひたすら辺りを見回しながら移動する。


(…ん?)


今、誰かと目が合った。あちこち見回してたから通り過ぎてしまったけど、視線を感じた気が。思しき方向に首を戻し目を泳がせるも、また誰かと合うことはなかった。代わりに、目的の人物が。


「弁崎さん!」


興奮して大声で呼んでしまう。弁崎さんがいたのだ。どこか違う方向を見ていた弁崎さんが驚いたように振り向くのを見ながら駆け寄る。ラッキーだ!すごい偶然!
と思って、はたと違和感を覚える。…もしかして、今わたし見てたのって弁崎さん?でも探してるなんて知らないはずだしなあ。


さん、でしたっけ。どうしたんですか?」
「あ、あの…」


目の前で立ち止まるとマスクの下でゴホゴホと咳き込む弁崎さん。やっぱり具合悪そうだ。それなのに一緒に来てもらうのは心苦しいけど……いや、もしかしたら弁崎さんが黒兵衛を撲殺した人かもしれないんだ。そう思うと途端に怖くなり顔が強張ってしまう。駄目だ、疑ってるって今の段階でバレないようにしないと。なるべく警戒させないように、努めて笑顔を作る。


「ちょっと一緒に来てくれませんか!」
「え?どうして…」
「えっと…さっきの件で、ジョディ先生が話あるみたいで!」


口から出まかせだ。騙されてくれるか不安だったけれど、弁崎さんは「はあ…」と釈然としないままではあったものの了承してくれた。ありがとうございますと笑いながら、つい彼の身体を上から下まで見てしまう。もしかしたら凶器を持ってるかもしれないと思うと目を離すのも怖くて、少し距離を空けながらも真横に並んで事件現場へ連れて行くのだった。


top /