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どうやらおみくじの場所から彷徨い歩いてる間に拠点のビニールシートからだいぶ遠ざかっていたらしい。コナンくんたちと別れてからそれっぽい道を選んで歩いてるつもりなのに、一向にみんなのところに着く気配がなかった。桜の木はどれも満開で、情緒のわからないわたしには全部同じに見えてしまう。友達に迷ったかもしれないとメッセージを送ると目印になるような屋台や街灯の情報をくれたので、今はそれを頼りに向かっているところだった。
無意識に溜め息を吐きそうになるのを抑え、携帯をしまう。歩美ちゃんたちにはああ言ったけど、純粋に気が重い。軟派な男の人にあまりいい印象を持たない質なので接することにどうしても気が乗らないのだ。安室さんのやきもち妬いたところを見てみたいという一心でコナンくんたちと別れたけど、いいよって言ってもらえるなら彼らと一緒にお花見したかったよ。口を真一文字に結び、ぎゅっと眉間に力を入れる。でも、友達も一応わたしのこと待ってくれてるし、無下にするわけにもいかないよなあ。……でもやだなあ〜〜!


「人が死んでる?!」


唐突に、耳に入った台詞に振り向く。……へ?目を見開いて、話をする男の人たちの物騒な声に聞き耳をたてる。「あっちのトイレの裏だってよ」「こえ〜。おい、見に行くか?」「おお」そんなやりとりの後、二人は踵を返すように小走りで道を逆走していった。反射的にそれを追う。特に深い意味はなく、あえていうなら好奇心に近い何かだったと思う。安室さんの助手になってから関わった色々な事件のことを思い出しながら、カバンの持ち手をぎゅうと握る。人が死んでる。ほんとなら、なんで亡くなったんだろう。病気?事故?事件?それをちゃんと知った上で、安室さんへ報告をしたいと思った。

男の人たちを追って着いた先は話の通りトイレの裏だった。すでに人混みができていて、のっぴきならない状況なことがすぐに察せた。お花見会場として賑わう以上にざわざわと不穏な空気が漂うここ一帯に、気付くと不安を感じていた。震える足を叱咤するように人混みに潜り込んで行く。人の壁は思ったより薄く、すぐに開けた。開けてしまった。


「……!」


中年の女の人が、壁に寄りかかって倒れていた。彼女の頭から流れ出る血が赤々と、掛けられたメガネのレンズにも飛び散っていた。生気はまるで感じない。思わず口を押さえる。


「……」


あれ。この人、見たことある。桜並木の道にいた人だ。スられそうになったって慌てて駆けてきて、わたしとぶつかった。一気に頭が混乱する。なんで?なんでこの人が……まさか、スリの被害に遭いそうになったことと何か関係してるんじゃ…。


さん?!」


ハッと振り返ると騒ぎを聞きつけたのだろう、コナンくんとジョディ先生が駆けつけていた。知り合いの登場にホッとしたわたしは彼らに駆け寄る。「人が…」亡くなってて、続ける前に、遺体を見た彼らは何かに気付いたように目を見開き反応していた。


「さっき先生にぶつかったおばちゃんじゃねーか!」


遅れて駆けつけた元太くんたちがそう言って驚きの声をあげる。彼らもこの女の人に心当たりがあることに気になりつつも、「あ、あんまり見ない方が…」覇気のない説得をしようとすると、ジョディ先生やコナンくんは遺体のそばに膝をつき状況を確認し始めたようだった。


「マジックで黒く塗られた五円玉…黒兵衛か!」


コナンくんの声に振り返るも、グロテスクな遺体の惨状に目を逸らしてしまう。……どうしよう。サッと血の気が引く。未だに遺体が怖くて慣れることができない。

というか、ジョディ先生はなんであんな平気そうに、


「お巡りさん!こっちじゃ、こっち!」


そうこうしているうちに警官を連れて恰幅のいい白髪のおじいさんがやってきた。一瞬知らない人かと思ったけれど、例の阿笠博士だと気付いた。ミステリートレインの事情聴取のとき軽くあいさつしたくらいで向こうも覚えてるかわからないけれど、少年探偵団が呼ぶ声に返した彼はわたしが会釈をすると少し驚いたように「お、おお…」と反応した。


「ん?何だ君は?!遺体から離れなさい!」


男の警官が遺体のそばにいるジョディ先生やコナンくんに向かってそう注意するのを聞いて怖々と振り返る。それはそうだ、明らかに事件なのに、素人の英語の先生やパッと見ただの小学生がいるのはどう考えてもおかしい。それにここは、プロの警官さんに任せて様子を見守った方が……。


「私はFBI捜査官、ジョディ・スターリング!直ちにこの神社の出入り口を封鎖!刑事を呼んできなさい!」


「……へ?」思わずポカンと口を開いてしまう。ジョディ先生がジャケットの内ポケットから取り出した身分証手帳には、彼女の顔写真付きで、FBIと大きく書かれていたのだ。


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