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「あっ!お姉さんだー!」


明るい声に呼ばれるように振り返ると、手水舎の方から歩美ちゃんを始め少年探偵団の四人がこちらに駆け寄ってきていた。わあっと晴れるように笑顔になる。そうか、少年探偵団も来てたんだ!ジョディ先生は保護者的なあれかな?と思いながら、やってきた彼らに目線を合わせるように中腰になる。


「やっほー」
さんもお花見に来たんですか?」
「うん。みんなも?」
「はい!」


今博士が場所取りに行ってくれてるんです、と教えてくれた光彦くんにへえと目を丸くする。阿笠博士も来てるのかあ。パッと見、ジョディ先生と阿笠博士と少年探偵団って馴染まないように見えるけど、みんなひっくるめて知り合いなんだろうか。高校の英語の先生もびっくりだけど、そもそも博士なんて人種の知り合いがいるなんて、少年探偵団のネットワークは計り知れないなあ。さらには警察の繋がりもあるみたいだし、いやはや、二十年以上生きてきたわたしより知り合いは多いんじゃないだろうか?
わたしが彼らへの尊敬の心を着々と育んでいる間、歩美ちゃんたちはわたしの周りをキョロキョロと見回して、目を合わせたようだった。


お姉さん、安室お兄さんは一緒に来てないの?」
「え?うん。今日は一緒じゃないよー」
「じゃあ、お花見一人で来たんですか…?」
「さびしい奴だなー」
「えー違うよ?!大学の友達と来たんだよ!」


ちょっと、なんてこと言うんだ!さすがのわたしも一人でお花見来るほど一人ぼっち極めてないよ!フラッと神社の桜見に来るだけならまだしも、がっつりビニールシート敷いて一人でどんちゃん騒ぎする心の強さは持ち合わせてないよ!少年探偵団、わたしをなんだと思ってるんだ…。先ほど高まった尊敬心はしなしなとしぼんでいく。が、こういうところが彼らの大物たる所以なのかもしれないと思い直し、三人に事の経緯を説明してあげることにした。…というか、わたしが今ビニールシートの拠点を持つほどがっつりお花見しに来た人間ってこと知らないんだから、まあ、一人で来たって思われても仕方ないのかもしれない。でもわたしだって安室さん以外にも出掛ける知り合いはいるよー!そりゃあ安室さんとお花見来たかったけど!
今度誘ってみようかなあ、とバッグをまさぐり携帯を取り出す。証拠の友達とのやりとりを見せようと思ったのだ。脇のボタンを押し、画面をつけると、


「…あ、メッセージ来てた…」
「お友達からですか?」
「うん………んん?!」


友人から立て続けに送られてきていたメッセージは、見上げる少年探偵団のことを一瞬忘れるほどの衝撃だった。最後まで読み、送られてきた写真を表示する。………ええ……。思いもよらない展開にわたしのお花見気分が徐々に削がれていく。「どうしたの?」歩美ちゃんに聞かれ、携帯から目を離す。自分が今、渋面を作っているのがよくわかった。


「…友達がナンパされて知らない男の人たちと一緒にお花見してるって…」
「? どういうことですか?」


友達への返信は一旦置いといて、少年探偵団へこれまでの流れを説明する。大学の女友達とお花見しに来たこと、桜の木の下でビニールシートを敷いて五人で盛り上がってたこと、おみくじを引きに三人だけで離れたこと、その二人とはぐれたこと、そして、わたしが探し歩いてる間に二人は戻っていて、知らない男子大学生三人にナンパされ、今七人でお花見してること。盛り上がっているその写真を見せながら一通り話し終わると、歩美ちゃんたちはへえーと小さいリアクションをした。いつの間にか話を聞いてくれていたらしいコナンくんやジョディ先生たちは呆れ顔だった。


「ああ…友達早く戻ってこいって言ってる…」
「戻りたくないんですか?」
「うまそうな飯いっぱいあるのによー」


写真に写る焼きそばやたこ焼きを見て至極純粋に言う元太くんに、当然だよ!と言い放つ。


「そんな浮気みたいなことできないよ!」
「うわき…?」
「ナンパにたぶらかされるなんて安室さんに合わせる顔がないじゃん…!」


拳を作って言い切ると、周りの空気がどっと緩んだ気がした。「ん?」辺りを見回す。コナンくんやジョディ先生だけでなく、哀ちゃんや弁崎さんまで呆れた顔をしてるのだ。そんなリアクションは想定してなかったわたしはちょっと納得いかなくて、口を尖らせてしまう。そっかあ!と手を叩いてくれた歩美ちゃんも、そのあとあれ?と顎に人差し指を当てて首を傾げた。


「でも、安室お兄さんってお姉さんのことすきなの?」
「ぐ」


思わぬダメージを受け胸を押さえる。い、痛いとこつくなあ歩美ちゃん…!ここが地面じゃなければヨヨヨと手をついて座り込んでたかもしれない。「自信はないんだね…」コナンくんが苦笑いするのがわかる。悲しいけど、まさにその通りだ。自分が安室さんにすかれてる自信は、実はないのだ。でも素直にそう言ってしまうのはわたしの自尊心が許せない。何て返そうか考えている間に、「あら、脈はないこともないんじゃない?」少し離れたところにいた哀ちゃんが声をかけた。


「クール便のとき、低体温症のあなたを温めるために抱き締めていたし」
「…え?!」


「ねえ江戸川くん」「あ、おお…」コナンくんに同意を取ったあと哀ちゃんはコナンくんとひそひそ話をしていたみたいだけれど聞き取ることはできなかった。そんなことより、わたしは今の哀ちゃんの台詞が気になって仕方ない。コナンくんも知ってるのかな…?!抱き…ってどういうこと?!


「待って二人ともそれ詳しく教えて〜!」
「あ、いや…さんがコンテナの中で気絶してたとき、安室さんが助けるためにしてただけだよ…」
「えーーなにそれなにそれ!!」
「あ!お姉さん運ぶときも大事そうにお姫様だっこしてたよねっ」
「おっ…?!」


お姫様だっこ…?!そ、そんなことしてもらってたの?!驚きのあまり自分の身体をキョロキョロ見回すけれど、当然ながらあのときの名残がどこかにあるわけがなかった。低体温症になってたっていうのは安室さんから聞いてたし、コンテナの中で気絶してたっていうのも教えてもらってたけど、まさか安室さんがわたしのことそんな風に取り扱ってくれてたなんて思ってもみなかった。安室さんに抱き締められたりお姫様だっこされる想像をしてしまいカーッと赤くなる。火照る頬を冷やすように両手で包む。すごく嬉しい…!嬉しいけど、重くなかったかな…?!


「てか姉ちゃん覚えてねーのかよ」
「あ、うん…あのときの記憶曖昧で……運搬方法にまで気が回らなかった…」
「もったいねーなあ」
「やっぱり不運ですね…」


確かにそんな貴重な体験をしたことを覚えてないのはもったいないし悔やまれる。だって絶対、今頼んでもやってくれないよ。緊急事態だったからっていうのはわかるけど、だからこそ知らないのがもったいない。そのときのわたしうらやましい…!というかあれから結構時間経ってるのに今頃他の人から教えてもらうって、安室さん自分から話す気なかったな?!よほど言いづらかったと見える。


「でもでも、それなら安室お兄さん、やきもちやいてくれるかもよ!」
「え?!」
お姉さんが知らない男の人と遊んだって聞いたら、気になっちゃうんじゃないかなあ?」


歩美ちゃんはそう言って、前にドラマで見たことを話してくれた。女の人がどっか行っちゃって、男の人がやきもち妬いて迎えに来てくれるお話だ。確かに少女漫画とかでよく見かけるシーンだ。まさか自分の身に起こり得るとは思ってなかったけれど、歩美ちゃんが言うと本当にありえそうな気がする。安室さんがやきもち……どんな風に妬くんだろう。どうであれ、すきなことに変わりなかった。


「わ〜…もしそうならすごく嬉しい…」
「あ、でもウソはダメだから、ちゃんとほんとに遊ばないとなのかな…?」


考える歩美ちゃんにうんうんと頷く。目を輝かせながら歩美ちゃんへ尊敬の眼差しを向ける。もはや歩美先生と呼びたいくらいだ。わたしひたすら安室さんへの誠実な態度を貫いてきたつもりだけど、そういう、駆け引きってやつも必要なんだと気付けたよ!しゃがんでた足を伸ばしスクッと立ち上がる。


「よーし!わたし、どこの馬の骨かもわからない人たちと遊んでくるよ!」
「え、ちょっと…」


コナンくんの案じる声にはグッドラックのポーズで応える。それから、今度結果報告するね!と手を振り、彼らと別れたのだった。ジョディ先生と弁崎さんが呆気にとられたような顔をしてた気がするけど気のせいだろう。弁崎さんなんてマスクで隠れて表情よくわからないし。


「………」
「なんだか、気が抜けるわね…」
「あはは…」
「…で、あなたの方はまだ思い出せない?火傷の男とどこで会ったか…」
「ああ、はい…」


そう答える弁崎さんが、実はマスクの下で終始口角を引きつらせていたことは知らない。


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