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人と人の間をすり抜けながら途方もなく歩く。いくら見ても飽きが来ないはらはらと舞う桜の花びらは、もう一人でお花見しようかなあと諦めの気持ちを助長させるのだった。
今日の出来事を思い返す。大学の友達と、桜満開の神社へお花見に来た。午前中に集まった時点ですでにお客さんは多かったけれど、なんとか桜の木の下にレジャーシートを敷くことができたあとはそれぞれ分担して軽食や飲み物の調達に出掛けた。しばらく楽しんだところで、お昼に差し掛かって人混みが増す前にと、おみくじを引きに行くことにした。友達二人を置いて、他の二人と一緒に販売所に行くと列ができていたので、少し並んでおみくじを引いた。各々の結果にひとしきり一喜一憂したあと、運勢が悪かった友達二人はおみくじを結びに行った。わたしは結ばなくていい結果だったので、離れたところで待っていた。はずだった。


「……ん?」


携帯をいじりながら、まだかなと思って顔を上げる。友達二人の姿はなかった。


道の端で立ち止まり、溜め息をつく。あれからずっと探してるのに見つからない。グループメッセージも送ったけれど誰からも返信が来ない。せめてシートのとこで待ってる子たちはくれよ…!嘆くのも許してほしい。こんな人混みの中で目的の人間を探す難易度ったらないよ。
もう、一回戻ろうかな。もしかしたら二人ももう戻ってるかもしれない。そう決め、手に持っていたおみくじに目を落とす。さっき引いたそれはしまうタイミングを逃してずっと握りしめていたけど、なくしても嫌だし早くお財布にしまわないと。年始の初詣でもないのに神社に来るとつい引きたくなるのがおみくじの不思議なところだと思う。


「…待ち人、辛抱強く待て……」


自分が引いたおみくじに書かれていたことだ。まさに今の状況ではないだろうか。まさかこんなに即効性があるとは思わなんだ。待った方がいいのかなと迷いつつ、肩にかけたカバンの口を広げる。とはいっても、少し移動した先の桜並木の道でスリ未遂があったみたいで、怖くて離れてしまったのだ。わたしも気をつけないとなあ。

と、視界に見知った人の姿が。


「……コナンくん?」


人混みの向こうに、コナンくんが見えた気がした。見間違いかと思いつつ、手水舎の方へ足を進める。おみくじはとりあえずカバンの内ポケットに入れた。ぶつからないように行き交う人を避けながら近づくと、思った通りコナンくんがいた。蝶ネクタイにベストとかっこよく決まっているではないか。彼へ駆け寄る。


「コナンくーん」


聞こえるように大きな声で呼ぶと、彼は顔をこちらに向けたと思ったらギョッと目を丸くした。ん?とわたしも目を丸くしてしまう。そしてその意味を察する。コナンくん、知らない女の人と男の人とお話し中みたいだったのだ。金髪にメガネをかけた女の人とマスクをつけた男の人の視線もこちらに向き、やばっと焦る。な、なんかお取り込み中だったかな…?!


さん…?!」
「や、やっほー…」
「……」


大人二人の訝るような視線に気まずさを感じながらコナンくんのそばで立ち止まる。アハハと苦笑いを浮かべ、逃げるようにコナンくんに向く。


「ごめん見つけたからつい声かけちゃった…」
「だ、大丈夫だけど…さんもお花見に来てたの?」
「うん、友達とー…」
「コナンくん…どちら様?」


金髪の女性の声に顔を上げる。ナチュラルに入って来てしまったけど、この人外人さんだ。その割に日本語がペラペラですごい。先に話しかけられてなかったら、オウイエ〜とか言ってたかもしれないよ。


「あ、この人はさんっていって…安室さんっていう探偵の助手で、ポアロでバイトしてるんだよね?」
「えっ?!」
「そうです!」


コナンくんの簡潔な他己紹介に背筋を伸ばし外人さんに挨拶する。「初めましー…」口をついて出かけた言葉に違和感を覚え、はたと止まる。…初めまして?改めて女の人を見上げる。驚きを隠せないといったように目を瞠る彼女の顔、なんか、どこかで見たことあるような…。


さん?」
「あ、すいません、どっかで見たことある気がして」
「え…?」


でもやっぱり相手はそんな風に思ってなかったみたいなので、気のせいだろう。美人さんだからCMの外人女優とかと被ったのかもしれない。


「にしても、コナンくんやっぱりすごいねー。外人さんと知り合いなんだ」
「あ、うん…ジョディ先生、蘭姉ちゃんの学校で英語の先生やってたから、そのつながりで…」
「へえー…!」


なるほど、先生かあ!そう言われると確かに、服装も先生っぽいような。日本語がペラペラなのも納得だ。カジュアルなパンツスーツにスカーフを巻いた彼女は依然わたしを見つめているみたいで少し照れる。「あ、じゃあ、そちらも…?」逃げるようにマスクをつけて咳き込んでいる男の人に話を向けると、ああ…とコナンくんが答えた。


「ほら、さんも巻き込まれたデパートジャックのとき、顔を火傷した人いたじゃない?あの人を見かけたって言ってたから、どこで見たのか聞いてたんだ」
「あー、あの人かあ!」
「あなたも知ってるの?」


ジョディ先生に問われ、自信満々に頷く。火傷の男の人なら覚えてる。デパートジャックのとき、携帯を拾ってくれた親切な人だ。確か怪我でしゃべれないから、声を聞いたことはない。それに人となりはほとんど知らないけど……


「…あっ?!」
「な、なに?」
「ジョディ先生、その人と一緒にいましたよね?!銀行強盗のとき!」
「え、ええ……どうしてそれを?」


「わたしもいたんですよー!」興奮しながら、火傷の男の人を挟んだ反対側に座っていたことを申告すると、この場にいた三人がえっと声をあげた。そうだそうだ、どっかで見たことあると思ったら、あのときの外人さんだ!よく覚えてないけど、肝が座ってた印象があるぞ。


「そうだったんですか…」
「すごい偶然ですね!」


なんとマスクをかけた男の人も銀行強盗に居合わせていたというから驚きだ。わたし、ジョディ先生、マスクの男の人。なんだか定められし運命のように集まったメンバーみたいでわくわくしてしまう。さしずめ、火傷の男の人がいれば完璧といったところか。ちなみにお名前は…とマスクの男の人にうかがうと、彼はガラガラの声で弁崎桐平と名乗った。


「あれ?でもジョディ先生、あの男の人とお知り合いなんじゃないですか?話してましたよね…?」
「…弁崎さんにも言ったけど、違うわ。人違いだったみたい」


あのときの緊張と恐怖の極限状態はわたしの記憶に馴染まなかったみたいで、最早記憶はあやふやだった。ジョディ先生があの人に話しかけてたり庇ってた気がするけど、人違いなんてことあるのだろうか。疑問に思うも本人が違うと言い切ってるのに追及するわけにもいかず、そうなんですかあと返す他なかった。


「…というより、あなたの知り合いじゃないの?」
「……え?あの人ですか?」
「ええ。隣に座ってたんでしょう。一緒に来たとか…」
「えっ違いますよ!見かけたのはあのときが初めてで…」


まさかそこを勘繰られるとは思っておらず驚いてしまった。知り合いっぽく見えたのかな…?とはいっても、わたしの知り合いにあんな大人の人はいないのだけど。
それでもできることならわたしも、もう一度会ってちゃんとお礼をしたい。その思いはだんだんと薄れ、どうしてだかはいちいち考えなくなっていたけれど、ただ漠然と、ありがとうございましたと言うべき使命があるかのように、わたしのやることリストに入っていた。
デパートジャックのとき携帯を拾ってもらった。あれは本当に助かった。コナンくんや蘭ちゃんと知り合うきっかけにもなった。あと、銀行強盗のとき、わたしの手を押さえてくれた、気がする。でもあれは気のせいかもしれないから、間違ってたら恥ずかしいなあ。


「…ねえ、この子も…」
「いや、まだわからない…けど、違う気がするんだ」
「そういう風に装ってるだけじゃなくて?」
「それにしては発言が色々迂闊すぎるんだよ。多分、何も知らないであの人といるんじゃないかな…」


わたしが考え込んでるそばで、ジョディ先生とコナンくんがそんなひそひそ話をしていたとはつゆ知らず。顔を上げると弁崎さんも視線を地面に落とし何かに集中してるようで、わたしはなぜか、これ以上火傷の男の人の話に触れてはいけないような気がしたのだった。


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