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ガタガタと身体の震えが止まらない。臓器まで震えて嘔吐感も酷い。気をぬくと吐いてしまいそうで、さっきからろくに頭を働かせられなかった。かろうじて腕時計を見てみると四時の手前を指していた。それは、大尉をポアロに向かわせてから三十分以上経ったことを示していた。
安室さんはあのレシートを見れなかったんだろうか。見たら絶対、わかる。きっとさっきコナンくんが言った通り、大尉がポアロに向かう途中で首輪から外れちゃったんだろう。トラックはあれから七丁目までの配達を終え、時間指定の荷物のため二丁目に戻っているらしかった。


「うっ…」


せり上がってきた胃液を飲み込む。もはやわたしは身体を動かす気になれず、ダンボール箱を背にコンテナの壁に寄りかかったままじっとしているだけだった。荷物の数がだんだんと減っているため、隠れる場所も減ってきている。業者の人たちは、時間指定の荷物を届け終わったら男の人の遺体を一丁目のマンションに戻すと言っていた。あの箱を運び出しに奥まで来られたら、わたしたち六人が身を隠せるほどのスペースをまかなえる場所は最早ない。迫り来る恐怖に身体中がさらに冷えていく。体育座りでなるべく身体を密着させていても温まる気配がない。呼吸がしづらい。


「コ、コナンくん?あんまりいじるとバレちゃうよ!」


壁にしたダンボール箱の後ろでは少年探偵団たちが何かしているようだった。首を向けるのも億劫で、わたしは耳だけで彼らの様子をうかがおうとする。「あったぜ!博士ん家に届くケーキ!」博士…阿笠博士の家への荷物があったんだ。てことは、さっきわたしが考えてたみたいに、博士の家に着いてコンテナのドアが開いたとき大声で助けを求めるのかな。でももう、わたしはちょっと、役に立たないかもなあ…。やっぱりさっき提案して実行すれば、よかった……。縮こまり、タイツ越しの膝に顎を当てる。さっきまでカチカチと歯と歯が当たってしゃべることもできなかったけれど、今はようやく落ち着いたようだった。ただ、身体のほとんどが冷え切っていて、もはやわたしにある温度は心臓だけなんじゃないかとさえ思わせた。


「…ねえ、大丈夫?」


わたしに向けられた声だ。感覚的に察し、緩慢な動作で首を左側へ向ける。哀ちゃんがこちらを見て一人で立っていた。案じるような表情でわたしと対峙する彼女は、心配してくれてるのだろうか。確かにさっきから動かないで話し合いにも参加しない大人なんて変だ。迷惑を、かけてしまった。


「ごめんねえ…だいじょうぶです…」


罪悪感に襲われるもかろうじて笑顔で答えるだけで精一杯で、やっぱり身体を動かす元気はなかった。訝しげに眉をひそめる哀ちゃんにどう取り繕うべきかわからないまま、体育座りで足を抱きかかえていた手をほどき床についた。
ふと目を落とし、そして気付く。指先が白い。感覚がないのはずっと前だったけど、なんか、変だ……。
そういえば身体の震えが止まっていた。状況は変わってないのにだ。心臓が苦しい。息もさっきから短い。今、わたしの身体は変だ。自覚してしまった。


「…? 本当?」
「…だいじょうぶ…」


だいじょうぶなの?


じわっと涙がにじむ。


だいじょうぶじゃないかも。


「隠れろ!」


コナンくんの声にハッとした哀ちゃんは、他の少年探偵団と一緒にダンボールの陰に隠れた。トラックが停車してすぐ、ドアが開かれる。コナンくんがさっき何かやっていた博士への荷物を業者の人が取り出し、すぐに閉じられる。その間、少年探偵団は声をあげることなく息を潜めていた。二人の気配が遠ざかるのを確認し、彼らが立ち上がる。


「コナンくん、さっき配達伝票に何をしたんですか?ボールペンで宛名に「工藤様方」って書き加えてたみたいですが…」
「ああ、あの荷物を博士の家じゃなくて、隣の工藤って家にいる昴さんに届けるようにしたんだよ」


それから、コナンくんは流暢に先ほどしていた「何か」について説明をした。やっぱりわたしは顔を向けることもできず、聞こえてくる彼らのやりとりに耳を傾けるだけだった。受領証明書を抜いた配達伝票に、綿をとった綿棒でこの状況を書いた。宛名に書き加えた不自然な「工藤様方」を含め、きっとスバルさんならすぐ気付く。そんな話が遠くから聞こえる。頭がぼうっとしていく。身体から力が抜けていく。目も開けていられない。

大丈夫じゃない、大丈夫じゃないよ……


「あむろさん……」


涙が頬を伝った。


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