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コナンくんの言う方法とは、携帯で外の刑事さんに電話して検問を張ってもらうという内容だった。コンテナに死体を積んでるチーター宅配便の冷蔵車のことと、そこに自分たちも閉じ込めれていることを話せば動いてくれるだろう、それに車のナンバーも覚えてるからバッチリだと話すコナンくん。す、すごい。純粋に驚嘆するわたしとは打って変わり、歩美ちゃんたちはどこか不満げだった。


「なんだー…」
「電話かよー」
「もっと奇抜なアイデアだと思ってました」


三人の忌憚ないご意見に思わずふふっと吹き出してしまう。こんな状況でも緊張してなさそうな彼らが逆にありがたかった。コナンくんを始め心強い少年探偵団のおかげで、さっきまでの恐怖心が和らぎ、少し落ち着くことができた。そんなわたしをコナンくんが見上げる。


さん携帯持ってるよね?貸してくれる?」
「もちろん!哀ちゃんのポッケに入ってるよー」


手を擦り合わせてなけなしの暖を取りながら言うと、コナンくんはえっとちょっと驚いたあと、そっかと言って哀ちゃんに向いた。哀ちゃんも戸惑いながら左右のポケットを探り、右側に入っていたそれをコナンくんに手渡した。


「…中見てもいいよね?」
「どうぞー」


ご丁寧に了解を取ってくれたコナンくんに頷くと、彼は少しもったいぶるように携帯の脇の電源ボタンを押した。画面が光りロック画面が映し出される。十四時四十分。時刻を読んだ瞬間、パッと真っ暗になる。


「えっ」
「は?」


暗くなった画面はうんともすんとも言わない。電源ボタンをコナンくんが長押しすると、空の電池と充電コードのマークが。……あ、あーーー!


「充電切れ…?!」
「あわわわごめん!!そうだ虫の息だったんだ…!」
「え…?」


コナンくんたちの信じられないとでもいうかのような眼差しに耐えられずわーっと顔を隠す。あ、あああこれはさすがに、戦犯だあ…!!慌てながら昨日充電器が壊れて替えを買おうと思ってたこと、そのせいで昨日から充電できてなくて最初から虫の息だったことを言い訳すると、誰ともなくうわあ…と非難めいた声が聞こえた。


「間が悪い…」


呆れたようなコナンくんの呟きにギョッと反応してしまう。あ、安室さん以外にも言われるとは……。でも今回ばかりは言い返せない。この状況を打開する希望がわたしの携帯だったのに、こんな仕打ちは酷すぎる。わたしが逆の立場でもうわあって言ってたよ。ど、どうしよう…!「ま、まあ僕も博士の家で充電中だから、人のこと言えないや…」コナンくんが優しくフォローしてくれるのがいっそつらい。


「歩美ちゃんたちは?」
「歩美も博士の家に置いてきたよー…」
「サッカーやってて落としたらヤベーし…」
「僕は一応持ってきましたけど…」


そう言って光彦くんがズボンの後ろポケットから折りたたみ式の携帯を差し出す。「僕のも少し前に電池切れのブザーが鳴ってましたから使えるかどうか…」それに対しコナンくんは大丈夫と言わんばかりに受け取り、後ろのカバーを外してバッテリーを取り出した。なんと、バッテリーを温めると電圧が上がって少し使えるようになるのだという。
そんな裏技を披露するべくコナンくんがバッテリーを両手で温めていると、トラックが停車した。そういえば、遺体を見つけてしばらくしたら車は発車していたのだ。こっちのことで精一杯で、もはやトラック自体に気にかけられてなかった。先ほどと同じように奥のダンボール箱に身を隠し息を潜めると、同じように業者の二人が扉を開け、荷物を探し始めた。四丁目の山田さんと西野さんの荷物。四丁目って、きっと米花町の四丁目だ。……もしかして、このまま五丁目に行ってくれたりするのかな。偶然ポアロに止まってくれれば、無理矢理にでも安室さんに助けを求められるのに。現状、わたしは携帯という連絡手段を絶たれたことにより外部から完全にシャットアウトされてしまっている。バイトの遅刻は免れないだろう。遅刻どころか、無事に帰れるかもわからないのに。溜め息をつきたくなるのをぐっと堪える。「そろそろ死体の向きを変えとくか…」彼らの声に身体が硬直する。業者の二人が、遺体の入ったダンボールを転がしに来る。コナンくんの言った通りだ。わたしが隠れた場所は心配なかったけれど、少年探偵団の場所は遺体の入ったダンボールと距離が近かったはず。大丈夫かな。

小さく、にゃあと鳴き声が聞こえた。ゾッと背筋が粟立つ。大尉…!さっきまでおとなしく歩美ちゃんに抱っこされてたはずの大尉がついに声を上げてしまった。緊張の糸を張り詰めながら、宅配業者の反応を待つ。わたしに聞こえたんだから当然二人にも聞こえてる、と思ったものの、片方には聞こえなかったらしく、聞こえた方の言葉は妄言として受け取られたようだった。


「まあ、人ひとり殺しちまったんだから動揺するのはわかるけどよ…」


そう話す声にちっとも同情の色は見えず、それから二人の会話は犯行当時の話になった。犯行動機は痴情のもつれと言ったところか、元を辿ると片方の業者の人が犯した浮気が原因だった。殺すつもりはなかったと言う彼からは気の小ささを感じられたけれど、もう片方の方がタチが悪かった。彼はもともと関係ないはずだったのに気の弱い彼に呼ばれ、警察を呼ぶでもなく、友人の殺人の隠蔽を図ったのだ。彼への同情心からならまだしも、被害者のお金目当てだったと言うから許せない。こんな悪い人が世の中にいるなんて。

どうやら二人の共犯者には上下関係があるようだ。それは階級的なものではなく、いわゆるカーストみたいなもので、友人同士のはずの関係はどこか変だった。とにもかくにも、周到に自分たちのアリバイ作りを練る彼らが出て行くと、ホッと緊張の糸が緩んだ。立ち上がり、コナンくんたちの元へ移動する。はああと震える息を吐く。怖いとかより、何より寒くて仕方ない。頭もクラクラする。うう、寒気が止まらない…。足を動かすのもつらく、今走れと言われても二歩目で転ぶだろうと思った。

ダンボール箱を二つ積み上げた後ろでは身を寄せ合いながらコナンくんたちが隠れていた。小学生の子供たちが同じ目に遭ってるのに、わたし年上らしいこと全然してない…。身体的につらいのと精神的に情けないのとで泣きそうになる。


さん?」


わたしに気付いたコナンくんたちが見上げる。いけない、となんとか笑顔を作り、みんなのそばにしゃがむ。みんなも白い息を吐いて寒そうだ。きっと今外に出たら、あったかいんだろうなあ。


お姉さん、顔色悪いよ…?だいじょうぶ?」


一番近くにいた歩美ちゃんが心配そうに覗き込む。わたしはよっぽど泣きそうになりながら、大丈夫だよと返す。あまりに説得力のない声だったからか、歩美ちゃんはさらに心配そうに眉をハの字にした。それから、思いついたように抱っこしていた大尉を持ち上げてみせた。


お姉さん、大ちゃん抱っこしてなよ!ポカポカであったかいよー!」
「え?」


言われるがまま、大尉を受け取り胸の前で抱く。歩美ちゃんの言う通り、大尉の体温が伝わって温かかった。「歩美ちゃんありがとう〜…」「ううん!」にこっと笑う歩美ちゃんにやっぱり泣きそうになる。成人してるわたしが一番寒いわけないのに、なんで一番ダメそうなんだろう。情けなくて堪らないよ。


「ダメだ…つながらねえ…」


奥の方ではコナンくんが電話をかけてくれていたらしい。高木刑事、と心の中で反芻し、前に事件で会ったその人の顔を思い浮かべる。特に目立った印象はなく、あまり精密に思い出せなかった。それよりわたしは、世界で一番頼りになる男の人を頭の中で描いて、一人じわりと視界をにじませるのだった。


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