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確か哀ちゃんはワンピースのセーターを着てたはずだ。なのに今、体育座りでうずくまってる彼女は黒のタンクトップに下着という、目のやり場に困る格好をしていた。あ、あれ?!セーターは?!うろたえるわたしや光彦くんをよそに哀ちゃんは、ほつれた毛糸のセーターがどこかに引っかかって全部持ってかれてしまったという事情を説明し、「照らさないでくれる?!」とライトで自分を照らし続けていたコナンくんを叱責した。短く謝って手元の明かりを消す彼。いきなり消えてまた夜目が効かなくなったけど、やっぱりコナンくんの手には腕時計が収まっているように見える。と、背後で音がした。扉が開くのだ。


「と、とにかく隠れましょう!」


光彦くんの指示で全員が荷物の陰に隠れる。小学生五人と大学生一人が隠れる場所はたくさんあり、手近なダンボール箱の後ろに身を隠すと入り口からはまったく見えないようだった。


「おい、何やってんだ?さっさと配達してこいよ!」
「やっぱり中で声がしたような…」


ギクッと身体が強張るも、もう片方の人が「バーカ、するわけねーだろ?」と一蹴してくれたおかげで気のせいとして片付けられたようだった。コンテナに上がり、荷物を探す宅配業者の人。奥まできたらどうしようとどきどきするも、目当ての物は手前に積まれてあるらしくすぐに見つけていた。


「じゃあとっとと持ってってまた玄関先で荷物を落として顔と名前を覚えてもらってきなよ」


「大事な証人なんだから…」外で待っている業者の人がそんなことを言う。続けて、俺はまた近くのコンビニでトイレを借りに行ってくるからよ、と。変な会話だ。まるで決まりごとみたいに話してる。思いながら、とにかく早く出てってくれと願う。哀ちゃんのあんな格好、知らない人に見られたら大変だ。可哀想だよ。「なあ、念のためにコンテナの中調べてみねえか?やっぱり声が気になって…」またもや緊張が走る。や、やめてくれ…!「余計な事するなって言ってんだろ?」もう片方の男の人の声。


「声なんか出せるわけねーんだからよ…」


そのセリフに、ゾワッと鳥肌がたった。なんか、会話が不穏なような、……気にしすぎかな。
扉が再び閉まり暗闇が広がる。二人の気配が遠ざかるのをなんとなく感じながら、肩にかけていたバッグを置いて立ち上がり、少年探偵団の元へ駆け寄る。元から慣れてたおかげで今回はすぐに色んなものが見えた。わたしはコンテナの右側に隠れていたけれど、少年探偵団は固まって左側のダンボール箱の後ろに隠れていたのだ。


「哀ちゃん!」


歩美ちゃんの隣、一番隅で縮こまる彼女の名前を呼ぶ。と、彼女はビクッと固まり、顔を隠すように俯いた。よっぽど恥ずかしいんだろう。カタカタと肩を震わせてるのは、きっと寒いからだ。自分が着ている黒のダッフルコートの留め具に手をかける。すでに手がかじかんでいてうまく外せなかったけれど、なんとか下まで外しきれた。


「これ着な…!風邪ひいちゃう…」


厚手のダッフルコートを脱ぐなり差し出すと、哀ちゃんは驚いたように顔を上げた。それがあんまりオーバーな、もはや強張ってるともいえる表情だったからこっちも焦る。そんなびっくりすることかな?!一向に受け取ろうとしない彼女に不安になり、「た、多分臭くない、と思うよ…!」と心許ないフォローをすると、彼女はおそるおそるといったように、ようやく受け取ってくれた。


「……ありがとう」


うん、と頷くと、哀ちゃんは一度ぎゅうとダッフルコートを抱きしめた。それが少し、においを嗅いでるみたいに見えてしまって恥ずかしくなる。だ、大丈夫だよね…最近買ったばっかだし…。飲み会にも行ってないからタバコのにおいとかついてないと思うし!


「…大丈夫」


ぽつりと呟いた声は聞こえなかった。羞恥から逸らしていた視線を哀ちゃんに戻すと、彼女はさっきよりかは安心した表情で立ち上がり、ダッフルコートを羽織った。ロング丈なので前を止めてしまえば哀ちゃんの身体はほとんど隠れた。むしろさっきまで着てたワンピースのセーターより長いかもしれない。


「…これなら外に出られるわ」
「よかった…!」


ライトで自分を照らしてみせた哀ちゃんにみんなホッと胸をなでおろす。にしても、哀ちゃんもコナンくんと同じ腕時計型のライトを持ってるんだ。時計としても使えるのかな?どういう構造になってるんだろう。ボーッと見てたら哀ちゃんと目が合い、やっぱりすぐに逸らされる。…もしかして、避けられてる?えっなんでだ…?!と心当たりを考えてすぐ思いつく。


「あ、哀ちゃん、わたしって言います!」
「え?」


そういえば哀ちゃんに自己紹介してなかった!ミステリートレインのときは寝てる哀ちゃんのそばで歩美ちゃんに名前を教えてもらっただけだから、哀ちゃんからしたらわたし面識ない女だよ。そりゃー警戒されるわけだ。名乗ってなくてごめんねーとかじかんだ手をすり合わせながら謝ると、哀ちゃんはわたしをじっと見上げながら、いえ…と小さく返してくれた。コナンくんもだけど、哀ちゃんもずっとクールだ。落ち着いてて大人っぽいなあ。


「じゃあ、次に業者の人が扉を開けたら外に出してもらいましょう!」
「おう!」


光彦くんたちの明るい声に笑顔になる。一時はどうなることかと思ったけど、無事出られそうでよかった。さっき宅配業者の人が「米花マンション」って言ってたから、ここは米花町内みたいだし、バイトも間に合うだろう。携帯で時間を確認しようとしたけれど哀ちゃんが着てるダッフルコートのポケットに入ってるのを思い出して、仕方なく腕時計へ目を凝らした。夜目に慣れたとはいえ、細かい時計の針を見るのはなかなか至難の技だった。たぶん、二時半は過ぎてる気がする。最悪タクシー捕まえて向かおう。普段だったら遅れますって連絡を入れて、申し訳ないけどいる人で回してもらうところだけど、充電が瀕死だから連絡入れられなさそうだし、何が何でも遅刻したくなかった。理由は先に述べた通りである。


「それはやめた方がいいよ…」
「え?」


振り返ると、輪に入ってなかったコナンくんが背中を向けライトで何かを照らしていた。大きめのダンボール箱を開けたみたいだ。人様の荷物を……さてはコナンくん、意外とやんちゃか…?!と内心焦るも、みんなで彼に近寄りその中を覗き込んだ瞬間、「ひっ?!」身体中の血の気が引いたのだった。


「し…死体?!」


四十代くらいの男の人のそれが、ダンボール箱に入っていた。虚ろな表情をはっきり見てしまう。一歩後ずさる。


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