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今年最後の講義が終わったあとは電気屋さんに寄ろうと思っていた。ポアロのバイトが三時からなので、それまでに充電器を買いたかったのだ。本来最後の講義になるはずだった三限が休講になる情報は前日のうちにゲットしていたので、これ幸いと二限が終わるなり米花町まで帰って来た次第である。ポアロの最寄駅の手前で下車し、腹ごしらえをしたのち街を歩いていた。大型の電気屋さんがこの辺りにあるので、充電器を買うついでにウィンドウショッピングを楽しもうという魂胆である。
実は昨日、携帯の充電器のコードがついにダメになってしまったのだ。そのため昨日から充電できてないので携帯は虫の息なのだけど、今日はポアロでバイトしたら直帰だし、特別携帯を使う用もないので最悪電源が切れても大丈夫だと思う。何かあってもバイト中は安室さんがそばにいるから安心だ。とても頼りになる探偵さんだもの。


「……」


ピタリと、全然興味ないお店の前で立ち止まる。…そういえば前、安室さんはわたしに、案外信用してないよねって言ってた。わたしが安室さんを信用してないって。そんなわけないのになあ。わたしちゃんと安室さんのこと信頼してるよ。こんなにそばにいて、何度も助けてもらってるっていうのに、全部裏切るような不実な人間に思われてたなんて心外だ。いつかちゃんと、わたしの忠誠心を安室さんに伝えて信じてもらわなければ。胸の前でグッと拳を作る。
……ただ、つい疑ってしまうのは、性というか乙女心というか……。無意識に口を尖らせていた。こんなんだと矛盾してるって言われるかなあ?それか、信用と信頼は違うって前にどこかで見たことあるから、そういうことかも。
だって安室さんには自覚ないのかもしれないけど、あの人結構一人で何でもやろうとするんだもの。やろうとして何でもできちゃうからこそ、わたしは気を付けないといけない。安室さんは平気でわたしを蚊帳の外にしてくるから、そういうとこが油断ならないと思ってるんだよ!


さーーん!」


んっ? 呼ばれた方を振り向くと、横断歩道を挟んだ向こう側で小学生くらいの子供たちが手を振っていた。よく見ると中心にいるのはコナンくんで、コナンくんの周りに男の子と女の子が合わせて四人いる。すぐに少年探偵団の子たちだとピンときた。久しぶりだなあ!コナンくん以外はミステリートレインの事情聴取でちょっと顔を合わせた以来じゃないか?元太くんの後ろに隠れてよく見えないけど、あのウェーブがかかった茶髪の女の子は事情聴取のとき寝てた子だ。哀ちゃんっていうんだっけ。後ろに小さい公園が見えるから、遊んでたのかな。「やっほー」大きめの声で手を振り返すと、歩美ちゃんや元太くんが口々に何か叫んだ。道路を横切っていく車の音のせいで何を言ってるのかまったく聞き取れない。


「なにー?」
「大ちゃん!捕まえてー!」
「そこにいんだろー!」
「たいちゃん…?」


何のこと?元太くんが指差す先を辿ると、向かって左方向の路肩辺りに三毛猫の後ろ姿が見えた。赤い首輪が見える。あれ?あれって大尉……。

大ちゃん?!

そのニックネームに気付いたタイミングで、大尉は後ろ足を蹴った。ヒョイと軽い身のこなしで、なんと目の前に停車していた宅配便のトラックのコンテナに飛び乗ったのだ。ギョッと驚き慌てて駆け寄る。歩行者信号も青に変わり、彼らが駆けてくるのを視界の隅で捉えた。
両開きになっている扉の隙間からコンテナを覗き込むも、大尉の姿は消えてしまって見えない。漂ってくる冷気が外の気温より冷たいのがわかり身震いする。冷蔵車だ…!ますます大尉連れ出さなきゃまずいぞ。


「運転手はどっかに行ってるみたいだ!」
「じゃあ中に入って連れ出すしかないですね!」


前輪のタイヤに乗り運転席を覗き込んだコナンくんに光彦くんが応えたのを聞いて、わたしはコンテナの床に足をかけた。先陣切って上がると、中は明かりもなく真っ暗で、そこかしこにダンボールの荷物が積まれており視界が悪かった。吐く息の白さがコンテナの気温を物語っていた。あとに続いて上がった少年探偵団が揃いあちこち目をやるも、扉から入ってくる外の光だけでは大尉の姿を見つけることができなかった。


「う〜寒ィ〜!」
「どうやら冷蔵車のようですね」


元太くんたちのやりとりを背に行けるとこまで奥へ進んでいくと、後ろでニャーと鳴き声が聞こえた。振り返る。


「いたわ!」
「大ちゃん!」


哀ちゃんと歩美ちゃんがダンボールに埋もれるようにして覗き込んでるのを見てホッとする。よかった、どうやら脇に積まれた箱の陰に隠れてたみたい。 早く連れて出ないと。


「――ったく、扉開けっ放しじゃねーか!」
「あ、悪い…」


「え?」入り口の方で男の人の声が聞こえたと思ったら、バタンと扉が閉じられた。光がなくなりコンテナの中は真っ暗になる。……えっ?!
宅配業者の人、わたしたちに気付かないで閉めちゃったんだ!みんなが慌てて駆け寄るも、一番近くにいた光彦くんがかけた声でさえ宅配業者の人には聞こえなかったようだった。じきにエンジンの音と揺れがコンテナ内に響く。トラックが動き出したのだ。


「わっ!僕たちに気付かずに走り出しました…」
「やべえんじゃねーか?」
「歩美たちも凍っちゃうの?」


「だ、大丈夫だよ!」不安がる少年探偵団に思わず声をかける。明かりがなくて表情は見えづらいけど、そばにみんながいるのはわかる。安心してほしくてそばにいた大尉を抱っこしてる歩美ちゃんの背中に手を添える。と、チカッと明かりがついた。惹かれるように振り向くとコナンくんの手元からライトのようにそれが放たれていた。


「そうだよ。本日指定の未配達の荷物がまだこんなにあるから、次に今の業者の人が扉を開けたら出してもらえるさ」


積まれたダンボール箱を照らしながらコナンくんがそう言うと、みんな安心したようにホッと息をついた。うん、コナンくんの言うとおりだ。それに漠然と大丈夫と励ますわたしなんかよりずっとみんなの安心につながっただろう。コナンくん、前から思ってたけどすごく賢い少年だよなあ。冷静で察しがいいというか、よく気付くというか。夏休みの伊豆での事件だって、コナンくんが事件現場にいたおかげで事故じゃなくて殺人だってわかったくらいだもんなあ。
ふと思い立ち、コートのポケットに入れていた携帯を取り出す。画面をつけて時間を確認すると二時を過ぎていた。…三時に間に合うよね?いかんせんこのトラックがどこに向かってるのかわからなくて不安だ。米花町から遠ざかられるとポアロの仕事に遅れる可能性がある。安室さんとドタキャン云々の話をした昨日の今日で遅刻なんてのは絶対かっこ悪いから、できるだけ避けたいなあ。ていうか充電あと1パーセントだ、まさか連絡を要する事態になるとは。どうしよう。とりあえず、次にトラックが止まって降りたら考えればいっか。思い、ポケットにしまう。早く止まんないかなあ。


「コナンくんってすごく頭いいよねー」


手持ち無沙汰になってしまったのでどうでもいい話をしてしまう。ダンボール箱はいくつもあるけど、人様の荷物だから寄りかかることもできないのでみんな立ちながらトラックの揺れを感じていた。相当突拍子もない切り出しだったけれど、「うん!」歩美ちゃんが元気よく乗ってくれてちょっとホッとする。


「コナンくんすっごいんだよー!いつも頼りになるもん!」
「アハハ、そうかな…」
「うんうん、わたしより年上みたいだもんねー」
「……」


頭を掻くコナンくんの腕がピシッと固まるのをなんとなく察したもののその意味は特に考えず、大尉を抱っこしながらキラキラとわたしに笑顔を向ける歩美ちゃんときゃいきゃい盛り上がる。そっかあ歩美ちゃん、コナンくんのことすきなんだー。確かに小学生でこんなしっかりした子がいたら、憧れちゃうだろうなあ。光彦くんと元太くんも頼り甲斐ある男の子たちだと思ってるけど、コナンくんはやっぱり群を抜いてると思う。二人のことはまだあんまり知らないから余計にそう思うのかもしれない。そんな二人はちょっとつまらなさそうに口を尖らせていたようだけれど、光彦くんはハッとして何かに気付いたみたいにわたしへ身を乗り出した。


「ま、まさかさん、コナンくんのことすきなんじゃ…?!」
「え?!」
「マジかよ姉ちゃん…」
「えー!だ、ダメー!」
「ええっ違うよ?!」


それはさすがに言いがかりだ!かっこいいイコールすきって方程式は、確かにわかるけども!光彦くんと元太くんの勘ぐるような目つきの通り、さすがに成人した女の人が小学生に手を出すのは犯罪じゃなかろうか。「それにわたし、安室さん一筋だよ!」負けじと大声で主張すると、困り顔だった歩美ちゃんの表情がパアッと明るくなったのがわかった。


「そうだよ!お姉さん、探偵のお兄さんの恋人だもんねっ」
「うんそうだよ〜!」
「…え、そうなの?」


コナンくんの至極純粋な疑問に今度はわたしがピシッと固まる。にこにこした笑顔のまま彼に振り向く。眼鏡越しに見上げる彼の丸い目がわたしの罪を見透かしているようだった。……り、良心が痛む…。


「…違います…」
「えー、違うの?」
「付き合ってないですごめんなさい〜!」
「なんだ嘘かよー。嘘つきはドロボウの始まりだって母ちゃん言ってたぞ!」
「すいませんでした…」


小学一年生に断罪されて見栄もプライドもズタボロだ。しゅんと縮こまる。い、いい子たちだなあこの子たち……嘘はダメってちゃんとわかってるもんなあ……ぜひともこのまま育ってほしいよ。


「…さん、安室さんとは……」


コナンくんがわたしに何か言おうとしたところでトラックが止まった。エンジン音も消えたので信号待ちとかじゃない。次の配達先に着いたんだろう。みんなの顔に歓喜の色が見える。そういえばずっと暗闇にいたから目が慣れたなあ。コナンくんの話はあとで聞くとして、まずはここから降ろしてもらわないとだ。みんなと話していくらか気が紛れてたけど、コートを着てても冷蔵車の中では身体がじわじわと冷えていっていた。きっとみんなも寒いに違いない。各々苦笑いをしながら、じきに開くだろう扉へと近寄る。


「ダメ!」


奥から聞こえた制止の声に一斉に振り返る。またもや姿は見えない。「哀ちゃん?」歩美ちゃんの呟きによって声の主があの子であるとわかった。そういえば、さっきから姿を見てなかったかも。どうしたんだろうとみんなで奥へと駆け寄る。先頭のコナンくんの手元でまたもやパッと明かりがつく。目を細めると、彼の手に腕時計が握られてるのがわかった。…腕時計が光ってるの?

にわかに信じがたい光景に内心首を傾げていると、「今出てったら許さないわよ!」コナンくんや光彦くんが立ち止まったあたりでそんな鬼気迫る声が聞こえた。彼らの後ろから覗き込む。


「…え、哀ちゃん?!」


なんと哀ちゃん、お洋服を着てなかったのだ!


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