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[もうすぐ着く]と安室さんからのメッセージが届いてから二分後、その言葉通り駅前のカフェに入店した彼は、わたしと依頼人の姿を捉えるなり目をまん丸に見開いた。その意味に心当たりのあるわたしはちょっとおかしくてふふっと吹き出してしまう。依頼人と決めたこの店は外部から店内が見えない間取りになっており、入店しない限りわたしたちの姿を確認することはできない。もしものことも考え、入り口から離れた、全体を見渡せる席を陣取った。
店内に目を配りながらこちらに歩み寄ってくる安室さんの表情が若干硬いのは件のストーカーがいるかもしれないと懸念してるからかもしれない。しかしわたし、それはないだろうと自信があるのだ。わたしの隣の席は安室さんのために空けてある。安室さんが来るのに合わせ立ち上がる。


「お待たせしました」
「わたしたちも今来たところです!」
「そう。ところでそちらが…」
「あ、はい!」


向かいのソファ席から立ち上がる。背が高いのでそれだけで存在感を増す。安室さんより高いよなあと二人の邂逅を感慨深く見ているわたし。依頼人の彼は、安室さんをうかがいつつペコッと頭を下げた。


「初めまして、南と言います!」
「探偵の安室です。こちらこそよろしくお願いします」


人受けのする笑顔で応えた安室さんに、顔を上げた南くんもホッとしたように笑みを浮かべた。

そう今回の依頼人は南くんと言って、わたしと同い年の男の子だ。真知さんがストーカー被害って言ってたからてっきり女の子を想像してたのだけど、まさか男の子だったとは。しかもイケメンくんだ。あいさつも済んだので三人とも着席する。安室さんに電話した時点では女の子だと思っていたから、やっぱり安室さんも同じく女の子を想定してただろう。入店したときのリアクションも納得だ。集合場所の連絡をするときに伝えればよかったけれど、バタバタしてて必要最低限に店名しか送れなかったのだ。しかし南くん本人目の前にそのことを謝罪するのも失礼な気がして、わたしは心の中でごめんなさいと謝るのだった。


「あの、それで…」
「その前に一ついいですか?ここに来るまであなたとは…」
「あっバラバラに来ましたよ!さすがに!」


割り込むように答えてしまう。そこまで危機感のない人間と思われちゃあ心外だ!助手として利かせた機転を自慢げに語る。「南くんのストーカーは女性の可能性が高いと見て、彼と一緒に歩くとややこしいことになりかねないと、お店を決めたあと南くんを先に向かわせました!」実はそのあとにもしたことがあるのだけど、今は割愛した方がよさそうだ。わたしの回答に安室さんはそれならよかった、と納得したように頷いた。


「詳しい話はこれから聞かせていただきますが、向こうの行動原理が何であれ、目のつく場所でと接触するのは控えた方がいいでしょう」
「はい…!」
「わかりました!」


背筋を伸ばして目の前の安室さんの言葉に必死に耳を傾ける南くん。やっぱり緊張してるんだなあ、わたしも初めて安室さんという探偵と会ったときすごく緊張したからわかるよ。そういえばあれがきっかけだったなあ、あの頃のわたしは、安室さんの元で助手をやってる自分なんて全然想像してなかった。思い切って助手の申し入れをしてからもいろんなことがあったなあ。今でこそこうして堂々と安室さんの隣に座って依頼を聞くことができてるけど、助手って認められる前は同席させてもらえなかったから安室さんのあとを尾けたり待ち伏せしたりしたなあ。最近そういうのやってなかったから、さっきいろいろ思い出してしまったよ。


「では、相手の心当たりはないんですね」
「あ、はい…」


被害状況について安室さんと南くんが話すのをメモに取っていく。安室さんが来るまでにも少し聞いてたけど、ストーカーの存在を感じるようになったのは夏休みに入る少し前くらいからで、試験期間だったのもあり気にしないようにしていたところ休暇に入ってから尾けられている気配がしたり、家の前や外出先で隠し撮りされた写真が郵便受けに投函されるようになったらしい。おおざっぱな性格の彼も徐々に気味が悪くなり、以前からよく面倒を見てくれていた真知さんに伊豆での事件の話をたまたま聞き、安室さんに相談しようと決心したんだそうだ。


「そういえば、毛利探偵ではなくわざわざ僕に依頼してくださったんですよね。理由を聞いても?」
「あ、えーと…梅島さんに相談したとき、「絶対女絡みだ」って言い切られて…」


それまで緊張していたものの聞かれたことにはっきり答えていた南くんが、途端に歯切れが悪くなった。その理由を察したわたしは代弁しようとハイッと挙手をした。安室さんの視界にも入ったらしく、二人の視線が集中する。


「南くんは華やかな見た目で性格も爽やかと来ています。真知さんに聞いたところ、学内でも相当なモテっぷりだそうです」
「ああ、そうだろうね。女性に人気がありそうだとは僕も思いましたよ」
「なので、ストーカーは南くんに一方的に好意を持っている女の子、と見たわけです。つまりストーカーの理由は色恋沙汰です」
「うん」
「はい!」
「………」


沈黙が流れる。呆けた顔の安室さんと困った様子の南くんと、ドヤ顔のわたし。しばらくしてから、「ああ」と安室さんが口を開いた。南くんに向き直り、苦笑いする。


「なんとなく察しました」
「あ、ありがとうございます!」


よかったと胸をなでおろす南くんと、アハハと苦笑する安室さん。印象は違うけど方向性は似てるかもしれない。二人の整った顔を交互に見て、はあーと溜め息をつく。


「お二人ともストーカーされそうなくらいかっこいいですもんねー…」
「棚に上げるな」


つまりとてつもなくかっこいい安室さんならストーカーに関しても身に覚えがあるんじゃないかという期待だったのだ。わたしも南くんから聞いたとき、深く考えずに「確かにそうかもしれないね!」と強く同意したくらいだ。安室さんはポアロでもお客さんにモテモテだからそういうことがあってもおかしくないと思う。いかんせん安室さんが探偵であるばかりに、相手には同情を禁じ得ないけれど。相手が悪すぎる。
それにもし安室さんがストーカー被害に遭ってるというのなら、わたしが全力で守りたい。安室さんに仇なす輩は片っ端からわたしが成敗してやる!とまだ見ぬ敵に闘志を燃やしたとき、あることを思いついたのだ。


「…では、もしお時間があればこれからご自宅に伺ってよろしいですか?念のため盗聴器の類が仕掛けられていないか確認しに行きたいのですが」
「はい!大丈夫です。よろしくお願いします」
「それから投函されたという写真などが残っていれば拝見させてください」


大丈夫です、何かのときのために全部取っておいてあります。そう答える南くんと安室さんの会話が一旦途切れた瞬間を狙ってバッと手を挙げる。


「はい!わたし南くんのストーカーのフリします!」


「…え?」仕事中な手前、表情はよそ行きを保っているものの声音はどう聞いても訝しげだった。安室さんの不信感に負けじと主張する。


「わたしが南くんのストーカーとして動くことで、うまくいけば本物のストーカーを見つけられるんじゃないでしょうか!」
「…いろいろ突っ込みたいところはあるが、そんなことして君にまで被害が及んだら元も子もないだろう。それに女性と決めつけているが男の可能性だってあるんだ」
「……女だと思うんですけど…」
「言い切れないだろう」


却下だと腕を組む安室さん。呆れてるみたいだけど、どことなく機嫌も悪そうだ。ここまで取りつく島がないとは思わず、眉をハの字に下げてしまう。安室さんの向かいに座る南くんをチラリと見遣ると、彼はわたしを気遣うように苦笑いを浮かべた。絶対いい案だと思うんだけどなあ…。
実はすでに実行済みなのだ。南くんがサークルの部室を出たあと、わたしは彼を尾行してここまで来た。南くんを尾けてる輩がいたとしたら後から部室を出たわたしをその人が知るわけがないし、十分距離を取って尾行していたわたしの見る限りでもこの店まで尾けてる人間はいなかった。
という、得るものがある策だというのに、駄目なんだろうか。無意識に口を尖らせていたらしく、安室さんの眉がピクッと動いた。こちらも不満げだ。


「…納得してないようだけど」
「だって…」
「単純に危険だから駄目だと言ってるんだ。君、護身術でも身につけているのかい」
「ないですけど、いざとなったら!」


やる気を見せつけるように両の拳を構えてファイティングポーズを取って見せると、彼はやっぱり眉をひそめた。座ってるから身長差はそこまでないはずなのに、見下ろされてるみたいだ。


「駄目だ。君はいざとなったら恐怖で動けなくなるから」
「……そんな、見てもないのによくもまあ!」


ペシッと自分の太ももを叩く。ここまで頑なだとわたしも体当たりしたくなるぞ!


「安室さんが南くんの理解者なら、わたしはストーカーの理解者ですよ?!」


視界の隅で南くんが呆けてるのがわかった。それよりこんな汚いものを見る目した安室さん初めて見た。


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