54 四限のあとは帰るだけだ。教室を出、友達と別れて屋外を目指す。今日はバイトもないから、安室さんのお家に寄るつもりだった。 ふと、足を止める。…そういえば、ここの地下ってサークルの部室になってるんじゃなかったっけ。自分が無所属で大学に根を張っていない人種のせいか課外活動にはてんで疎いのだけれど、友達との会話でそんなことを聞いたような気がする。進行方向に見える重いガラスドアと、脇にある地下へと続く階段への入り口を交互に見る。余計なことしない方がいいかな。でもずっと気になってるんだよなあ。 この間安室さんに話した通り、伊豆での件は依然知らんぷりを決め込んでいる。聞こえる話題にあの事件が挙がることは減ってきたと思う。でも完全に風化したわけではない。風化させていいのかも疑問だ。その是非は置いといて、わたしはずっと、真知さんと高梨さんが気になってるのだ。 サークルの名前は覚えてる。探して居なかったらそれまでだ、覗くだけ覗いてみよう!そう決め、わたしは爪先を九十度回転させ、階段へと歩き出した。 「ちゃん?」 「えっ?」 振り返ると、「真知さん?!」なんと後ろに真知さんがいたではないか。驚きのあまり素っ頓狂な声をあげてしまう。突然の目的の人物の登場に言葉が出てこず、あわあわと口を動かしたあと、「あっ大丈夫ですか?」と言った。あとから考えるとひどく言葉足らずだったけれど、真知さんはすぐに合点がいったようで、「大丈夫よ」と肩をすくめた。 「最近ようやく落ち着いてきた感じはあるけど」 「そうなんですか…」 心なしかお疲れ気味の真知さんに胸が痛む。やっぱりわたしが想像してるより何倍もしんどい目に遭ってるんだろう。無関係の部外者を装ってることに罪悪感を覚える。人知れずうっと胸に手を当てると、真知さんは何か思い出したらしく、「そうだ、丁度よかった」と声の調子と話を変えた。 「ちゃん、今時間ある?」 「? はい…」 「相談したいことがあるのよ。ここじゃなんだから、わたしらの部室来てもらえない?」 「は、はい!」 勢いに任せ頷くと真知さんはありがとうと言って階段の方へ向かった。それに着いて行き地下一階へと降りながらも、わたしの頭にははてなマークが浮かんでいた。相談?真知さんが?…やっぱり伊豆の件だろうか。何か大変なことがあったのかもしれない。後期が始まってからずっとわたしのこと探してくれてたのかな。あの日連絡先交換しておけばよかった。石栗くんが亡くなって、さらに琴音さんが逮捕されたあとでは親交を深める気になれなかったのだ。 「あ、一応聞いとくけど、ちゃんまだあの安室って人の助手やってるわよね?」 「もちろん!……え?!」 依頼?! ◎ 『ストーカー被害?』 部室に案内されたあと、真知さんは当事者を呼び出しに携帯を持って廊下へ出て行った。部室には二つ並べた長テーブルを囲うようにパイプイスが十脚置いてあり、壁沿いに棚やハンガー掛け、そこら中に誰が使うのかわからない本や教科書が雑然と積まれていた。 無人の部室で待つ間、手持ち無沙汰だったわたしは安室さんに電話をかけた。「らしいです」相談内容はストーカーに付きまとわれてるサークルの後輩のことで、わたしと同い年のその人の話を安室さんに聞いてほしいんだそうだ。 『構わないけど、僕でいいのかい?あの事件を解決したのは毛利先生だけど』 「なんでも、真知さんが安室さんのことを話したら是非って…」 『へえ…』 わたしも詳しいことはまだ聞けていないのでふんわりした説明しかできなかった。とりあえず安室さんとのアポは取り付けた。このあと合流したら連れて来ますねと言うと、「ストーカー被害を受けてるなら、念のためその人が普段行かない駅に集合しよう」と提案された。それもそうだと思い、あとで集合場所を連絡しますと伝え通話を切った。「……」そわそわしながらカバンに携帯をしまう。ちょっと、浮き足立ってしまう。なにせわたしを通して依頼を受けたのなんて初めてなのだ。いつも安室さんのあとについてくだけだったからわくわくしちゃうなあ、不謹慎だから誰にも言えないけど!真知さんの帰りを首を長くして待っていると、彼女は割とすぐに戻ってきた。 「今購買にいるみたいだから、すぐ来るって」 「わかりました!」 「例の安室さんに相談できるって言ったらすごく喜んでたわ。お礼にお菓子買ってくって」 「あはは〜」 可愛い子だなあ。きっと優しい子なんだろう。話したことも会ったこともない彼女を思い浮かべる。小さくて可憐な女の子だ。わたし知ってる人かな?いかんせん学生数が半端じゃないので、同じ学部でも知らない人は大勢いる。可愛い子も、そりゃー星の数ほどいるよ。 (…ん?) はたと考える。そういえば、その子はどうしてわざわざ安室さんに相談したいと思ったんだろう?真知さんはどんな風に安室さんの話をしたんだ?ストーカーに困ってたところたまたま聞いた探偵さんだから?でも安室さんにこだわる理由にならない。安室さんの言う通り、毛利さんに相談したっていいはずだ。伊豆の件で名推理を披露したのだって、もっぱら毛利さんだった。それに今日偶然わたしと会わなかったらずっと相談できないままだったんだよ。 口を噤む。嫌な予感がする。もしかしてその子、安室さんのこと狙ってるんじゃ……!その可能性に思い至りテーブルにバンッと手をつき立ち上がる。「あのっ!」わたしを見上げる真知さんに詰め寄る。 「安室さんは絶対渡しませんから!!」 「えっ」 入り口から聞こえた声に振り返る。購買のビニール袋を手に提げた人物が、そこに立っていた。 |