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「し、失礼しまーす…」


刑事に呼ばれておずおずと入室したは中で待っていた僕と目を合わせるなり肩をすくめて苦笑いした。僕もいざ事情聴取となるとどうも茶番に思えてしまい、苦笑いを禁じ得ない。…なんだか肩の力が抜けるなあ。


さん。念のためお聞きしますが、石栗さんの部屋にコナンくんがいたことはご存知でしたか?」
「え、は、はい。高梨さんに勧められてコナンくんが石栗くんと二階に上がってくの見ましたし…」


イスに座り横溝警部と向き合うは僕とコナンくんを交互に見た。目を合わせ、頷くとは幾分か表情を和らげたが、この確認がイコール容疑者から外れることには気付いていないようだった。


「事故に見せかけたい犯人が、子供を部屋に行かせるわけないだろう?君と高梨さんは今のところ容疑者から外れたよ」
「…! なっなるほど!わーーよかった…!」


両手を組んで安室さんありがとうございますと目を輝かせるによかったねと声をかける。視界の隅でコナンくんがじっとを見上げているのには気付いていた。彼女を案じているとはとても思えなかったが、今指摘するのも不自然なので触れないでおく。


「…ちなみに、ここに来てからあの三人に何か頼まれたりしてないかい?」
「え、頼まれたことですか?」


すっかり元の調子に戻った彼女に先ほど話していたことを問う。目下の問題は合い鍵の行方だった。がここに来る前に、蘭さんたちからは高梨さんにごみを車のトランクに運ぶよう頼まれたことと、真知さんにグリップテープとガットを替えてもらうためラケットを預けたことを聞いていた。その二点については鍵を探すよう既に警部が指示を出している。「高梨さんに頼まれて蘭ちゃんと園子ちゃんと一緒にごみを車に運んだくらいで…そのあとは安室さんたちとずっと一緒にいましたし…」ああ、そのあとは大体知っている。お腹を壊して二階のトイレに籠り、落ち着いたあとはリビングで横になっていた。眠る彼女のそばにずっとついていたので知っている。


「あ、あと琴音さんにペットボトル冷凍庫に戻しといてって言われました!」
「ペットボトル?」


思わず聞き返す。「安室さんが使う針金を探しに行ったとき、琴音さんペットボトル持ってて、冷凍庫にしまおうとしてたので代わりに受け取ったんです。元からほとんど凍ってたんですけど…」身振り手振りを交えながら説明をするに相槌を打つ。そういえば石栗さんの部屋の前に集まったとき、琴音さんはペットボトルを持っていたな。言われて思い出したが、一階に降りたときに手放していたようだ。あのとき琴音さんと真知さんを追いかけても降りていったのを、この家のことを知らない人が行っても無駄だろうと止めようとしたが間に合わなかったのだ。件のペットボトルについては蘭さんたちも覚えがあるのか、ああ、と口を開いた。


「琴音さん、凍らせて飲むのがすきなんだって言ってました」
「…と見せかけてその中に鍵を…」
「鍵なんて入んないよ!シャワーのあとに冷凍庫から出したドリンクを少し飲ませてもらったけど、ほとんど凍ってたし」
「じゃあ、鍵を入れたあと凍らせたのかも」
「ええ…?そんなのなかった…と思いますけど…」


毛利探偵と横溝警部の推理を否定するように意見しただが、警部は念のために部下に確認するよう指示を出した。現在刑事が捜索しているがまだ見つけていないことから、犯人が合い鍵を隠したのは明らかだ。今回の事件は計画的な犯行、鍵の隠し場所も事前に考えていたはず。は自信なさ気だったが、外から簡単に見える場所にあるのでは隠したことにならないため、彼女の言うことは間違っていないだろう。隠すならもっと……。

……いや、見えないようにペットボトル内に隠すことは可能か。

顎に手を当て俯く。もし本当にペットボトルの中から鍵が出てきたのなら間違いなく犯人は彼女だ。他の人間が「その」ペットボトルを用意し彼女に使わせることはほぼ不可能。アリバイも完全ではない。あとは密室を破ればいい。

事情聴取が終わりがキッチンを退室したあと、戻ってきた警部の部下が捜索の結果を報告した。ごみ、ペットボトル、ラケットに不審な点はなく、鍵は見つからなかったという。


「ラケットといえば…遺体の下にあったラケットのガットが、数か所歪んでいたと鑑識から報告が…」


「それと、血の付着した銅製の花瓶の形と遺体頭部の傷は一致したんですが、なぜか花瓶の中に水が入っていたそうで…」……水?元から入っていたのか?しかし花も生けていないのにおかしい。棚の上に置物として置いてあった花瓶の落下を演出したい犯人がわざわざそんなことをする意味がどこにある。意味はなくても必要があった?そもそも花瓶はあのとき、どうやって一人でに落ちたのか。


「ちなみに、死亡推定時刻は遺体発見の二、三時間前だそうですが…」
「そのときの室温の状態によっては前後三十分程度ズレる可能性もあると」


「皆さんと一緒にキッチンで昼食を食べたのが遺体発見の三時間くらい前ですから、一応あの三人全員に犯行の機会はありそうですが…」口にしながら推理を進めていく。花瓶の中に水、明らかに不自然だ。犯人がわざと入れたとしたら……。

……ああ、トリックはわかった。それならば遺体の下にあったガットが歪んでいる理由も。形状変化する物質を利用すれば、密室を作り出し、事故に見せかけた犯行ができる。


「そーいえば蘭、あのとき妙なこと言ってたわよね?「この部屋クーラー効いてるみたい」だとか何とか…部屋の外にいたのになんでわかったの?」
「だって、足の指先がひんやり涼しかったもの」


園子さんと蘭さんの会話は真知さんの事情聴取でも聞いたような内容だった。そのやりとりを小耳に挟みながら、僕はキッチンの隅に佇む冷蔵庫に目を遣った。

僕の推理が正しければ今もあそこに入っているはずだ。溶けずに燻った殺意の証拠が。


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