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三番目に話をうかがった高梨昇さんの主張によって彼はほぼ白となった。昼食を作っている最中に新しい氷袋を持って行った際、石栗さんがコナンくんを連れて二階に上がって行くのを僕も見ていた。高梨さんが犯人、もしくは共犯者の場合、コナンくんに石栗さんの部屋に行くよう仕向けることはしないだろう。中に人がいたのでは事故に見せかけたトリックが意味をなさなくなるからだ。そのことには横溝警部も納得しているらしく、イスに座る彼は腕を組み唸った。


「どんなトリックにせよ、あの太った石栗さんの遺体を動かせるのは男の高梨さんしかいないと思ってましたけど…」
「ええ…女性には無理そうですね」


後ろに立ち、顎に手を当て思考する。キッチンには毛利探偵を始め蘭さんや静岡県警の横溝警部が集まり、容疑者四名を一人ずつ呼び個別に事情聴取を行なっていた。今は三番目の高梨さんが終わり、次の人が来るまでのインターバルだった。……次の容疑者。

はあ、と人知れず溜め息をつく。四番目の容疑者はだ。桃園琴音さんと梅島真知さんの事情聴取の間で軽く話したところ、昼食後のアリバイが完全にない時間を横溝警部は酷く訝しんでおり、頑なに容疑者から外そうとしなかった。アリバイがない時間というのは彼女が腹を壊して二階のトイレに籠っていた時間のことだ。僕が確認しに行ったのは一度きりだったため、完全な犯行の否定にならなかった。せめて一階のトイレに籠っていればこんなことにはならなかっただろうに、彼女の間はことごとく悪い。……とはいえ。


「まあ、これでの容疑も晴れましたね」
「はい?」


横溝警部が振り返る。そう、高梨さんの主張が通るのならも無実が証明されたようなものだ。なにせ石栗さんとコナンくんが二階に上がって行くところを、も見送っているのだから。


「ね、コナンくん?」


見下ろし、コナンくんに同意を求めると彼は「うん!高梨さんに言われたとき一緒だったし、石栗さんと廊下で会ったときさんもいたよ」と返した。横溝警部は驚いた様子で、そうであるならばと考えを改め疑念は一旦消えたらしかった。


「うーむ……どうやら偶然同じ大学というだけで、毛利さんたちと同じなようですねえ」
「だから言ったろ、さすがにねえって」
「ハハ…」


唸る横溝警部に呆れたように肩をすくめる毛利探偵。それに苦笑いを零しながら、フローリングの床に視線を落とした。…ようやく疑いは晴れたようだ。あのまま事情聴取に入るのではいくらなんでもが不憫だろう。
彼女が疑われていることで何か得ることがあれば黙っていたかもしれない。そう思うことに罪悪感はあれど、否定するつもりはなかった。眠りの小五郎に対する疑念は最初からあったのだ。その先に得るものがある気がしてならない。
しかしまあ、今回は彼もの犯行の可能性を見ていないようで、とすると思い浮かぶのは彼女の困る姿だけだった。放っておく理由はない。


「……、…」


視線を感じる。少し考えたあと、そちらを見下ろした。コナンくんと目が合った。
硬い表情を一瞬見せたかと思いきや何事もなかったかのように首を傾げる彼。「さん、疑い晴れてよかったね!」「ああ、ほっとしたよ」そんなやりとりで終わり二人して視線をバラバラに移す。他の人らが消えた合い鍵の行方について話しているのを聞きながら、僕は思考の海に落ちていく。

「開けるなァ!」先ほどの叫び声を思い出す。いくら探偵の家に居候して事件に遭遇する機会が多いからといって、小学生の子供が死体を目の前に開けるなと言えるだろうか。普通助けを求めるのではないか。それに部屋に閉じ込められている最中の、事故に見せかけたトリックを崩すに足りる現場確認も見事だった。遺体を前に血の乾き具合を確かめるに至る思考は小学生の感覚からかけ離れているだろう。そう、そんなことをやってのけた彼のことを、いやこの間の誘拐事件から、不思議に思っていた。
事故だと決めつけてかかる毛利探偵と対照的だ。眠りの小五郎の、探偵としての推理力に疑念を抱くと同時に、小学一年生の江戸川コナンの存在が浮かび上がる。彼はどこか歳不相応に勘が良すぎる。それに、今僕を見ていたのは何だ?本当にを案じていたのか?


彼は一体何者だ?


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