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「一応聞いとくけど、石栗さんとの面識は?」
「今日が初対面ですよ!向こうは大学で見かけたことあるって言ってましたけど」
「そう…」


廊下でのやりとりを最後に安室さんと別れる。安室さんはキッチンへ行き琴音さんの事情聴取に立ち会うのだろう。リビングにはソファに座る真知さんと歩き回る高梨さんがおり、わたしが入るなり不安げな眼差しを向けた。先ほど三人に向けられた疑いの目を思い出して一瞬身がすくんだけれど、今の彼らにはそういった意味合いは含んでいなさそうだった。


「え、えっと…」
「…おう。真知んとこ座っときな」
「はい…」


言われた通り、おずおずとソファに腰を下ろす。こんなことになってしまったからか二人とも落ち着かない様子だ。今不在の琴音さんも、キッチンで事情聴取を受けながら不安になってることだろう。無実でも疑われるだけで結構疲れるのだ。今のわたしがそうだから間違いない。


「くそっ…なんで石栗が…」


壁際で立ち止まった高梨さんが悔しそうに壁を叩く。そりゃあそうだ、友達が殺されてしまったのだ。わたしなんかよりダメージが大きいはず。そのうえ仲間の誰かが犯人かもしれないなんて、想像を絶するよ。「他殺、なんでしょうか…」口にしてから後悔する。石栗くんが亡くなったことは変えられない事実で、さらに絶大な信頼を寄せる安室さんが他殺だと断言している時点で、わたしの中ではもう最悪の結末を受け入れる覚悟を決めようとしている。それなのに変なこと、まだ余地があるかもしれないなんて、思ってもないことを言ってしまった。


「私まだ整理ついてないんだけど…どうして殺人だって言えるの?」


心のなしか顔色の悪い真知さんの疑問をきっかけに、わたしは犯人が取ったであろう手口について、安室さんの推理を代弁してみせた。さっきよりは冷静になれているみたいで、記憶を頼りに説明しながら改めて理解を深める。コナンくんと安室さんがいなかったらこの事件は事故で片付けられてた。それが事件であることの根拠になる。


「でもよ、あの大きい音、花瓶の落ちる音じゃなかったかもしれねえだろ?そしたらもっと前に花瓶が落ちて石栗にぶつかったかもしれねえじゃねえか」
「そうね、それならボウヤが見たとき血が乾いててもおかしくないし…」
「た、確かに…?」


なるほど、コナンくんが起きるより前に花瓶が落ちて石栗くんの頭に当たって亡くなった。それからずいぶん時間が経ってたので、コナンくんが起きて安室さんが鍵を開けたときには血が乾いていた。確かにつじつまは合うぞ。もしかして本当に事故だった…?いやでも、だとしたらあの大きい物音は何だったっていうんだ?


「だいたい、この中に石栗殺したいほど嫌ってる奴なんていねえだろ」


腕を組んでそう言う高梨さんを見上げる。彼の言葉には、申し訳ないけれど説得力がなかった。


「…高梨さん、喧嘩してたみたいですけど、あれは…」
「あ?ああ、あれは…」


彼は、去年の冬に亡くなったサークル仲間の男の人の話をした。スキーをしに旅行に行った翌朝、二メートル近く積もった新雪に埋もれた瓜生さんが遺体で見つかったのだ。なんでも前日に石栗くんが言った「これならロッジの二階から飛び込んでも死なない」との冗談を間に受けたんだろうとのこと。石栗くんの不謹慎な発言は今日だけでも数回聞いていたため想像に難くない。
その瓜生さんは余程素直な性格だったのだろうか、顔も見たことのない男の人が雪の中で亡くなっている姿を想像して身震いする。…そんなことがあったのに石栗くんの軽口は治らなかったんだ。


「…あれ以来何となくこのメンバーで集まるのは避けてたんだけどよ、昨日が瓜生の誕生日だからってんで久しぶりに集まったんだよ。一年前に約束してたしな」
「そうなんですか…」


どう反応していいのかわからず俯く。太ももの上で指を絡ませ、静かに息をする。なんか、瓜生さんの死って石栗くん殺害の動機になり得ないかな。こじつけかな。でも何が気に障るかとかって人それぞれだし、動機だってその人にしかわからないものかもしれない。少なくとも、わたしとしてはこの事件が、ますます殺人寄りに思えてきてしまった。


「石栗くんがどうこうより、殺人だとしたらあの部屋から犯人はどうやって出たっていうの?」
「あ、そういえばそうですね。密室らしくて…」


人柄より現場の状況から、殺人は不可能だと思われた。確かにそこは警部さんたちが話していたときも論点になっていた。なんだっけ、石栗くんの遺体の位置ではドアを閉めることが出来ないんだっけ。部屋と窓の鍵も掛かっていたから、石栗くんが自分で閉めない限り犯人は出られない。「正直あんたのこと疑ったけど、鍵持ってねえから無理だなと思ってよ」なんでも、あの部屋の合い鍵が昨日から行方不明なんだそうだ。でも、そもそも合い鍵があってもドアは閉められない…。なんだか途方もない気持ちになってしまい、天井を仰ぐ。すぐ二階で起きたことなのに、どうしてこんなに何もわからないんだろう。ぼふんと背もたれに寄りかかり、ゆっくり目を閉じる。開く。ぐっと起き上がる。


「そこらへんも含めて、きっと安室さんが解決してくれると思います!」


起き上がった勢いのままそう言うと、真知さんが身じろぎしたのがわかった。大丈夫、何も心配いらない。この場に犯人がいようといなかろうと、安室さんが解き明かしてくれる。希望に満ちた眼差しで真知さんと高梨さんにそれぞれ目を合わせる。二人とも、ちっとも犯人に見えなかった。


「そういやあの人も探偵なんだっけか?」
「はい!安室さんも毛利さんに負けず劣らず名探偵ですよ!それで、わたしは助手なんです!」
「助手?」


二人がまん丸の目を合わせる。あ、あれ?パチクリと瞬きする。怪訝そうな四つの目がわたしに向いた。


「助手がなんでこっちにいんだよ」
「う」
「あなた助手なのに疑われてるの?」
「…はい…」


しょぼしょぼと項垂れる。改めて考えるとわたし、虚しいな…。真知さんたちもなんだか可哀想な目で見てきて悲しくなってくる。ふうと一つ息をついた高梨さんが、「じゃあ、」と切り出す。


「その安室さんに伝えといてくれよ。事故じゃねえかって」


それは、最悪から一歩手前の結末だ。


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