45 「そうだ。石栗くんが本当にお昼食べないか、聞いてくるわ」 冷凍庫の氷をボウルに移し替えていた桃園琴音さんが思い出したようにそう言った。そういえば石栗くんはいらないって言ってたんだっけ。でもあの人たくさん食べそうだし、アイスケーキだけじゃ足りないと思うなあ。石栗くんたちだって午前中は健全にテニスをしてたんだからお腹減ってるだろうし。現在の自分のお腹の調子を鑑みて、冷やし中華は十人分作った方がよさそうだと予想する。琴音さんは蘭ちゃんに氷が満杯のボウルを渡したあと、台所を出て行った。 安室さんが薄く焼いた卵を、梅島真知さんが綺麗に包丁を入れ錦糸卵にしてくれる。それと一緒に真っ赤に熟したトマトやみずみずしいキュウリ、ハムを冷やした麺の上に盛りつければ完成だ。安室さん、薄焼き卵も難なく作れてしまうなんて、どこかで料理でも習ってたのだろうか。作り終わったあとは手際よく皿洗いまでしているのでにんまりしてしまう。「ちゃん、どうかしたの?」真知さんに怪訝な顔をされてしまいハッと我に返る。いかんいかん、ただでさえ片手で作業効率悪いのにぼんやりしてるなんて、罪だ!ついに助手以外のことでも足を引っ張るつもりか! 十人分の冷やし中華を作り終える頃、「彼、やっぱりお昼いらないって」しばらくして戻ってきた琴音さんが、みんなにそう伝えた。 ◎ 大きめのテーブルで昼食を摂り、片付けを終えたあとは各々自由時間となった。十二時を過ぎていたけれど、言い出しっぺの石栗くんがまだ部屋から出てこないのでミックスダブルス団体戦は始めないらしい。もう氷を当てなくても大丈夫であろうわたしは、これなら参戦できるぞ…と密かに意気込みながら、蘭ちゃんたちと一緒にごみ袋を別荘の前に停まっていた車のトランクに積み込んだ。高梨さんの車で、持って帰って捨てるそうだ。とにかく、石栗くんが戻ってきたら真っ先に進言しよう。 「そういえば、琴音さんがシャワー使っていいって言ってたよ」 「ほんと?じゃあ借りよっかなー」 「さんもどうです?」 「んーわたしはいいやあ」 そんなことを話しながら屋内に戻る。クーラーの調子が悪いリビングには誰もおらず、代わりにキッチンには安室さんと毛利さん、高梨さんがテーブルを囲んで座っていた。蘭ちゃんたちと別れたわたしが来るとごみ捨てについてお礼を言われ、高梨さんに冷たい麦茶を入れてもらう。空席だった毛利さんの隣に座り、向かいの安室さんにたんこぶの調子を問われたので、一ミリも問題ありません!と元気よく返した。 「なのでこのあとのミックスダブルスも参加できます!」 「諦めてなかったんだ…」 「つってもおまえが参加すると人数合わなくなんだろ?坊主にやらせるわけにもいかねえしよ」 「ぐ…」 「石栗さんもが不参加なの込みで提案したんだろうしね。今日はおとなしくしときなって」 「ぐ…!」 頬づえをついてなだめすかすように笑う安室さんにテーブルの上で拳を握りしめる。こうも反対されるとは…!確かに彼らの意見はもっともだ。わたしも状況が状況じゃなかったら折れて見学に回っていたことだろう。安室さんがメンバーに入ってなければ……いや人のせいにするのはお門違いか…。 「石栗さんといえば、呼びに行かなくて大丈夫ですか?」 「しばらくしたら降りてきますよ。さっき行ったらまだ腹立ててるみたいだったんで、放っておいた方がいいと思います」 「え、怒ってるんですか?」 思わず目を丸くする。どうやら高梨さんはさきほど石栗くんの部屋を訪問した際、ノックしたけれど返事がなく、ドア越しに声をかけても無反応だったんだそうだ。なので、まだ腹を立ててるんだろうとのこと。お昼前の二人のやりとりを思い出しながら、そんなに険悪だったろうかと考える。一瞬、高梨さんが激怒したように見えたけれど、石栗くんは気圧されただけで怒ってなかった気がする。そもそも喧嘩の原因をよくわかってないから、あんまり偉そうなこと言えないけれど。ちょっと気になったものの、話題は毛利さんの武勇伝に移ってしまったので言及することは叶わなかった。自分のグラスに口をつける。涼しい室内と冷たい麦茶に、改めて夏を感じた。 「……」 なんかお腹痛い。 |