43 コナンくんはお医者さんが別荘に着く頃に目を覚ました。二十分ほどの診察を受け、軽い脳震盪との診断結果が出て終了した。前のわたしと同じ結果だ。あのあとわたしは何ともなかったから、コナンくんも大丈夫かもしれない。頭に巻かれた包帯が痛々しくて心配だったけれど、少しホッとできた。 「コナンくん大丈夫そうでよかったですね」 「ああ。今日は運動を控えて休んでいれば、心配ないだろうね」 別荘に着くなり安室さんの元に逃げていたわたしは顔を上げた。コナンくんが無事で安心したのか、安室さんも心なしか緊張の糸が解けたみたいだった。「ん?」わたしの視線に気付いて見下ろす彼と目が合い、えへへと肩をすくめる。一件落着だ。 「けど残念だなあ…俺の携帯の電池が切れてなかったら、その衝撃映像をムービーで撮ってネットにアップしてたのに…」 不謹慎な話が聞こえ首を向ける。石栗くんだ。同い年ということはここに来るまでの会話で知った。別荘に着くなり、彼はみんなとリビングには向かわず真っ先に二階に上がってしまったのだ。携帯の充電が目的だったみたいで、なんていうか他人事みたいで、いや実際他人事なんだけど、冷たい人だなあと思う。そういえばわたしにテニスボールがぶつかったときも変なこと言ってたから、そういう人間なんだろうか。あんまりいい気分にはならないよ。無意識に口を尖らせていた。 「そういえば、氷はどうしたんだい?」 「あ、ずっとポケットに……」 「その冗談が元で瓜生は死んだかもしれないんだぞ?!」 ポケットに手を入れたタイミングで響いた高梨さんの怒号にビクッと固まる。「怒るなよ…その瓜生の誕生日を祝うためにこうやって久々にサークルのみんなで集まったんだろ?」どうやら石栗くんの不謹慎な冗談を諌めたらしい。高梨さんと石栗くんの諍いをうかがうように眺めながら顎を引く。瓜生…そんな名前だったかもしれない。二年生のとき、他学部の学生が事故で亡くなったという訃報を人づてに聞いた記憶があった。ここのサークルの人だったんだ。 「?」 「、え、あっ氷嚢ですね!ほとんど水になっちゃってます!」 安室さんの声に我に返ったわたしは慌ててポケットから氷嚢を取り出してみせた。この暑さでは氷はほとんど残ってなく、氷嚢といってもただのビニール袋なので中で押しつぶされて水がズボンに染みていた。ポタポタと水が床に垂れないように手でお椀を作りながら見せると、安室さんはギョッと目を丸くした。 「なんでそのままにしてたんだ?!」 「あはは…出すタイミングがなくて…それに暑いから、冷たくて気持ちいなーと…」 「…夏でも濡れた服をずっと着てたら風邪引くぞ…」 呆れたように溜め息をつかれてしまった。「ビニール袋は捨てておくから、着替えてきな。どうせ今日はもうテニスやらないだろう」水が滴るビニール袋を受け取ろうとする安室さんに、いやいや自分でやりますよと断ろうと口を開く、前に、わたしたちに向けて声が届いた。 「じゃあ少年も無事だったことだし…皆さん俺らと団体戦やりません?」 おっ?今度はわたしが目を丸くする番だった。さっきまで怒られてたはずの石栗くんの突拍子もない提案にパチパチと瞬かせる。団体戦、かあ…!楽しそう! 「はやめた方がいいだろうし、なんならミックスダブルスでも…」 「え?!」 思わず声をあげてしまう。なにを言っているんだこの人は…?!ミックスダブルス?それは男女のペアってことだよね?つまり安室さんが女の人と仲睦まじくダブルスをやるという……。走馬灯のごとく試合風景を想像してしまいグアッと頭に血がのぼる。だ、ダメだダメだ!そんなうらやましいことしてほしくない!安室さんに言われたときは素直に従う姿勢だったけど、そうとあらばわたしもプレイヤーとして名乗りをあげる所存だぞ! 「俺は構わねーが」 「自分も……」 「あ、安室さん…?!」 そうこうしてるうちに話が進んでいく。安室さんも普通に乗り気じゃないか。まさか、園子ちゃんと組む気では…?!確かに毛利さんと蘭ちゃんは親子だから組みそうだし、そしたら必然的に安室さんと園子ちゃんが組むことに、なるのか…。 「やるのはいいけど休憩してからにしない?」 「そうね…午前中でかなり汗かいちゃったし」 どうやらミックスダブルスの団体戦は決定したらしい。あわあわと何も言えずにいるわたしなんて誰も気に留めず、梅島さんや桃園さんの意見でお昼を挟んで午後に開催することに。桃園さんのお誘いでコナンくんとわたしの怪我のお詫びも兼ねてと昼食をごちそうになることもすんなり決まり、早速支度に取り掛かろうと全体が動き出す。どうしよう、どうしよう…!立ち尽くしたまま一人焦るわたし。冷やすのが足りなかったのか、たんこぶの痛みがじんじんとぶり返していた。 「はコナンくんと一緒に待ってな」 「…安室さん…」 「ん?」 「安室さんのペアはわたしじゃないと嫌だ…」 恨み言のように吐き出した声は安室さんにしか聞こえなかっただろう。ビニール袋を受け取ろうとわたしの手に重ねた彼のそれを見下ろし、ぐうと口を一文字に引っ張る。だからミックスダブルスやらないでと言いたいけれどそこまでわがままを言っていいものか、遠慮する気持ちがあって声に出すことが躊躇われた。せめて安室さんが察してくれれば、と淡い期待を抱いて顔を上げる。 「……」 きょとんとした顔で瞬きをする彼。よく考えたら、察するも何も安室さんはわたしがすきなことを重々承知してるんだから、わからないわけがなかった。そのうえで呆気にとられたみたいな顔をしてるのだ。さすがの安室さんもわたしがここまで自分勝手なことに驚いたのだろうか。居た堪れずまた俯く。でもわかってほしい、恋する乙女は複雑なんだよ…!ぎゅっと目を瞑る。ポタリと袋から水滴が落ちた。 「いつもペアみたいなものだろう」 目を開く。ポンポンと、頭を撫でられた。驚いて顔を上げると安室さんは両手でビニール袋をわたしの手から取り、「あとで替えを持ってくるよ」と言って背中を向けた。………。ぼんやりと、毛利さんに声をかけリビングを出ていく彼の後ろ姿を、眺める。 「……え!」 わたしの顔は真っ赤だ。 |