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「すっごーい安室さん!」
「ナダルみたい!」


「さすが安室さんです!」蘭ちゃんと園子ちゃんの歓声に負けじと安室さんへ拍手を送る。たった今、安室さんによるスーパーサーブが披露されたのだ。よっぽど素人と思えないフォームから繰り出された打球はコナンくんの真横をかすめるようにバウンドし、背後のフェンスへぶつかった。
毛利さん一行が到着するなりテニスの腕前を披露するようせがまれた彼は、快くわたしたちの向かいのコートに入りそれを打ったのだ。フェンスにぶつかってどこかへ転がって行ったテニスボールの行方は気にせず、ネットを避けるように安室さんの元に駆け寄る。ビニール袋の氷嚢を片手に彼の目の前に到着すると、「走らない方がいいよ」と気遣われてしまった。そういえばこの前頭を車のドアにぶつけて気絶したときも、すごく優しくしてもらったなあ。安室さんに心配してもらえるのはとても嬉しいので、にやにやがバレないように大丈夫ですと返した。

安室さんはわたしのあとに続いてやってきた毛利さんたちに中学時代肩を痛めたことやポアロのバイトの件を話したあと、早速本来の目的である園子ちゃんへのコーチを始めようとした。恋する乙女として安室さんが他の女の子に手取り足取り教えてるところなんて見たくないので間に入ってやりたいと思うのに、案の定「は後ろで見学していな」と追い出される始末。言われると思った!そして言い返せない自分が憎い!
でもまあ、園子ちゃんとマンツーマンってわけじゃないし、今日は我慢しようか…。毛利さんや蘭ちゃんもテニスウェア着てるからみんなでわいわいテニスするんだろう。とはいえ気分が落ちてしまうのも無理はない。とほほと踵を返しコートから離れる。わたしもやりたかったな…たんこぶさえ出来てなければなあ…。


「危ない!!」


唐突に響いた声にビクッと肩が跳ねる。無意識に先ほどこめかみに受けた衝撃を思い出して血の気が引いた。安室さんの声だった。鈍い音も聞こえた。「コナンくん?!」蘭ちゃんの声にワンテンポ遅れて振り返る。背後の光景に目を瞠る。


「こっ…?!」


コナンくんが頭を押さえて倒れ込んでたのだ。蘭ちゃんと安室さんのあとに続いて駆け寄るも、むやみに動かさないようにと安室さんに制されてしまい立ち往生するしかできなかった。「コナンくん…」痛みに耐えていたコナンくんは目を閉じ、まもなく気絶してしまった。相当痛かったんだろう、苦痛に歪むコナンくんの表情は険しく、まるでわたしと安室さんを睨んでいるようにすら見えた。





コナンくんの頭に直撃したのはラケットで、そのラケットの持ち主は桃園琴音さんだった。桃園琴音さんというのが先ほどわたしにボールをぶつけた色黒の男の人と同じグループの人だったものだから、駆け寄ってきた彼らを見たわたしと安室さんは同じ顔をしたと思う。必死に謝る桃園さんの様子を見ればわざとじゃないことは明白だったので誰も怒ることはせず、医者を呼ぶからと言って近くにある彼女の別荘にコナンくんを運ぶこととなった。


「なあアンタ、どこの大学?」
「え?」


コナンくんを抱える毛利さんたちのあとに続いて別荘へ向かっていると唐突に話しかけられた。安室さんや蘭ちゃんは抱えられたコナンくんの容態を診るため先頭の方を歩いており、無力なわたしは最後尾につき、せめてもとみんなの荷物を持てるだけ持って運ぶ係に徹していた。氷嚢は緊急事態だとズボンのポケットに突っ込んだので、左の太ももだけひんやりと冷たい。ビニール袋が汗をかいてたから、濡れてしまってるかもしれない。
話しかけられた声に振り返るとそこにいたのは眼鏡をかけた小太りの男の人で、確か名前は石栗さんと言ったか、ラケットケースを肩に掛け、わたしの隣に並んだ。子供が倒れて気絶したというのに随分緊張感のない人だなと内心思いながら、聞かれたことに答えると、やっぱり!と声をあげた。


「同じ大学だよ!キャンパスで見たことあったんだよなー!」
「え、そ、そうなんですか?」
「何学部?俺らのサークル結構人多いから知り合いいると思うんだけど」


なんと、同じ大学の人だったらしい。世間は狭いなあ…。思わぬ共通点に思うことはあるもののはしゃぐ気分じゃないし、せめてコナンくんの意識が戻ってからにしてほしいと思わないでもない。適当に相槌を打ちながら、コナンくんの様子が見れないかと毛利さんの背中へ目を向けた。


(あ、)


一瞬、毛利さんの隣を歩く安室さんと目が合った。すぐに逸らされたので真意は不明だけど、どこか真剣な表情だった。や、やっぱり不謹慎だって思われたのかも…。視線で怒られたみたいに落ち着かなくなり、石栗さんとの会話はさらにおろそかになった。


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