35


「へえーコナンくんはキャンプですか!いいですねえ」


昼食を摂りにきた毛利親子にミートスパゲティを運び、姿の見えない居候の少年のことを聞けば例の少年探偵団とのキャンプだという。季節はすでに夏に入っているので、屋外での寝泊まりも丁度いい気温だろう。群馬のキャンプ場らしく、キャンプスポットの山をいくつか思い浮かべる。


「群馬っていうと冬名山辺りかな?紫陽花がきれいでしょうね!」
「撮った写真のデータ、ウチのパソコンに送るっつってたからあとで見せてやるよ」
「ぜひ!」


マスクをつけ時折咳き込む毛利先生はこないだから風邪気味なんだそうだ。お大事にと伝えて下がろうとすると、今度は蘭さんの携帯が鳴った。「あ!世良さんから電話…」上がった名前に目だけで彼女を見る。それからゆっくり彼らから離れながら、彼女と世良真純のやりとりに聞き耳を立てていた。


「コナンくんならキャンプに行くって昨日言ったよね?うんそう…阿笠博士のビートルで…色は黄色。でもそんなこと聞いてどうするの?」


……世良真純。赤井秀一の妹。彼女が赤井秀一の死についてどのような認識をしているのか確かめなければならない。この間ここの店の前で赤井秀一の変装をしてみせたときはかなり食いついていたが、まだ確証は得られていない。こいつも死んだと思っているのか?あの赤井が、組織の罠にそう簡単にかかると思っているのか。
それにシェリーの情報も未だ掴めていない状況だ。毛利探偵の周りを探ってしばらく経つが、それらしい人物の影すら見えない。何か情報があるとも考えられる、あのパソコンの中を一度確認しておきたかった。今日の夜見てみようか。思いながらカウンターへと戻った。





「おはようございまーす」


数時間後、従業員控え室の扉が開き目を向けると、クリーム色のエプロンを身につけたが入ってきていた。もうそんな時間かと店内の壁掛け時計へ顔を上げる。彼女が来たということは僕の方はもう上がりだ。今日は彼女と入れ違いのシフトなのだ。タイミングがいいな、彼女は今日クローズまで入っているはず。そのあとで僕の家に来ることはないから、僕が今夜やることに彼女はおそらく気付かない。まさか働いている彼女に見つかるわけにはいかないから、そこだけ気を付ければ問題ないだろう。梓さんやマスターにあいさつをするが最後に、カウンターの奥の方にいた僕の前で立ち止まり、「おはようございます!」相変わらずの元気のよさであいさつをした。


「うん。おはよう」
「安室さん、来週の日曜ちゃんと空けといてくれてます?」


いきなり雑談か、と苦笑いを浮かべるも時間帯も関係して店内は空いていたのでそれも仕方ないだろう。やれることは粗方僕と梓さんでやってしまったのだ。


「言われた通りに空けてあるけど、結局何なの?」
「明後日わかります!」
「…ああ、そう」
「安室さんきっとびっくりしますよー!」


まあ何でもいいんだけどね。一週間前に二週間後の約束を取り付けられ、言う通りに一日予定を入れないでおいてある。特に楽しみにはしてないのが実際のところで申し訳ないが、の方はにこにこ笑ってる様子からして僕に伝えるのを楽しみにしているようだ。どこに連れ出されるんだか。思いながらもう一度時計を確認する。長針は頂点を越えていた。


「それじゃ、あとはよろしく」
「はい!お疲れさまです!」


今度は僕が梓さんとマスターにあいさつをして、店内をあとにするのだった。

無人の控え室でロッカーにエプロンをしまい、代わりに上着を取り出す。毛利探偵事務所に忍び込むのは寝静まり返った時間より居間でくつろいで物音のする時間帯の方がいいだろう。彼らの夕飯の時間なら把握している。そうするとポアロの営業時間と被るから、が僕の家に行き不在を不思議がることもないから好都合だ。ガラス張りの店の窓から見えない道路を使えば探偵事務所への階段を上るのも容易い。大丈夫、特に不安要素はない。

これでもし今日がバイトを休んでいたとしたら。いいや今回だけじゃない。今後に知られないように動くために、彼女の位置をいつでも把握できるようにしておきたい。発信器の存在を暴露するのは誤った判断だったか。いやしかし、いくら鈍いとはいえカバンの中に入っているそこそこの大きさの機器をいつまでも気付かないわけがないだろう。


(…発信器付きの何か…普段身につける物をプレゼントすれば喜んでつけそうだけど)


我ながら発想が腐っていて思わず渋い顔をしてしまう。彼女の好意に付け入るのか。いくらこれが彼女を守るためだと言ったって、同時に自分の保身にもなっているのだ。綺麗事で通していいものじゃない。

いいやでも、そんなことも今さらだろうか。今さら、彼女に対して誠実を貫けると思っているのか、僕は。息を吐くと震えていた。

それから何か、嫌な予感というものを感じ取り、思わず顔をしかめてしまうのだった。


top /