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あれから二週間後、ポアロのアルバイトがお昼までだった日曜の今日、わたしは警視庁へと赴いていた。アルバイトの方はそろそろ仕事内容を安室さんや梓さんに聞かなくてもこなせるようになってきて、一人でできてる感じがいい具合にやりがいに繋がっていた。今日はバイト中特に大きなハプニングもなく、無事に時間通りに上がれた。

いきなり訪ねて大丈夫なのかという不安があったものの警視庁側は思ったよりスムーズに個室に案内してくれ、わたしは温かい緑茶を頂きながら二週間前の誘拐事件の事情聴取を受けたのだった。しかしこないだも思った通りわたしは誘拐こそされたけど睡眠薬でほとんど寝てたため役に立つようなことは言えず、終始申し訳なさに苛まれながら婦警さんの質問に答えていた。

事情聴取はものの二十分程度で済み、婦警さんに見送られて庁舎を出る。やっぱりお昼過ぎでもまだ寒いなあ。北風に思わずぶるぶると身を震えさせ、はあ、と息を吐く。冬も終わりを告げるこの季節ではさすがにもう吐息は白く見えないようだ。数歩進んで右手に顔を向けると、警視庁前の歩道にはすでに待ち人の姿があった。背中を向ける彼を大きく呼ぶ。


「安室さーん!」


そう、何を隠そう警視庁には安室さんと一緒に来たのだ。一人で警視庁に行くのは心細い、と泣き言を言っていたわたしに対する安室さんの優しさ、ではなく、どうやら彼も再び警視庁に呼ばれたらしかったので、ついでに乗せてってあげるよとのことだった。安室さんは優しいし特に塩対応だとも思ってないけど、あっさりしてるっていうか、簡単に折れてくれないところがあるよね。いいけど!そんなところも燃えます!そういえば、今日も安室さんと午前からお昼のシフトが被っていたのだけれど、出勤時間は安室さんの方が早かった。それでわたしが来たときには毛利さんがお客さんとして来ていて、安室さんと何やら話していたみたいだった。あれ、何話してたんだろう。新しい事件の依頼でもあったのかな?聞く前に「、今日警視庁行くんだよね?僕も行くから乗ってくかい?」と切り出されたので頭から吹っ飛んでしまってた。

安室さんが呼ばれたのは自分の車をわたしや犯人が乗った車に故意にぶつけた件についてらしい。でも一度はその場の事情聴取を受けてたらしいから、やっぱり安室さんの方が早く済んでしまったようだ。あんまり待たせてたら申し訳ないな。そう考えて駆け寄ると、彼の近くに小学生くらいの少年少女がいることに気が付いた。というか、安室さんと話してた?あれ、それにあの中の一人って。


「コナンくん?」
さん…」


安室さんの隣で立ち止まり、見下ろす。やっぱりコナンくんじゃないか。どうしてこんなとこに。どう見ても彼らは警視庁の入り口につながる石段の真ん前にいるし、どうも安室さんに呼び止められて立ち止まったようにも見えないから、彼らの目的地も警視庁なのでは?小学生が来るとこじゃないぞ、まあ大学生が来るとこでもないけど!しかしわたしが何か言おうと口を開く前に、安室さんがわたしに向き首を傾げた。


「ずいぶん時間かかったね。そんなに話すこともなかったろう?」


その台詞にポカンと口を開ける。事情聴取は二十分程度だ。安室さんの方はそれよりもっとスピーディに終わったのかな?とまで考えて、目をぐるりと回し、同時に記憶を司る小脳を働かせる。それでようやく、彼の言わんとしてることがわかった。ハッと背筋を伸ばす。


「いえ、事情聴取はすぐ終わったんですけど、帰る途中でファイルの雪崩に巻き込まれたりこぼれたお茶に滑ったりとごたごたしてて」
「へえ…」
「本当に不運なんだねさん…」


そうだそうだ、個室から出たあとが結構大変だったんだ。山積みのファイルを持った別の婦警さんとすれ違うときバランスが崩れて雪山ならぬファイル山に埋もれたり、給湯室近くでお茶がこぼれてたらしく足を滑らせて盛大にこけたりした。あれがかなりのタイムロスになってしまったんだろう。もっと上手くファイルを受け止めたり足元に注意して歩いてればこんなことには、と少し悔しい気持ちになる。コナンくんにまで不運呼ばわりされずに済んだのに。


「おいコナン、この兄ちゃん誰だよ?」
「小五郎のおじさんに弟子入りした探偵だよ」
「た、探偵かよ?」
「じゃあお姉さんは?探偵のお兄さんの恋人とかっ?」
「うんそ」
「助手だってよ」
「コナンくん…!!」


コナンくんの友達であろう体格のいい男の子と可愛い女の子がそんな質問を投げかけたので答えようとしたらコナンくんに遮られた。大正解…!だけど、だけどわたし答えようとしたのに遮ってまで言わなくたっていいじゃないか…!「君もめげないな…」安室さんからはそんな呆れた声を頂いてしまう始末だ。


「…ところで、コナンくんたちはどうしてこんなとこにいるの?」
「僕たち、子供防犯プロジェクトのパンフレットのモデルになるように頼まれて、今日写真撮影しに来たんです!」
「少年探偵団だからな!」
「少年探偵団?」


そばかすのある少年と体格のいい少年が誇らしげに胸を張る。なんでも、この四人ともう一人女の子を加えた彼ら五人はさまざまなところで事件解決をしている超有能な小学生グループらしい。小学校では常に事件や相談事を募集しているうえに、実際に事件現場で警察顔負けの活躍をしているのだそう。警察の人とも顔見知りなくらいで、そんな彼らの功績が認められ、今回、パンフレットのモデルに抜擢されたという。「へえー…!」それを聞いたわたしの目はきっときらきらしてたと思う。そんな心ときめく活動をしてるなんて!少年の探偵団かー!


「めっちゃかっこいー!載ったら絶対もらいに行くね!」
「ぜひー!」


わーいと四人ではしゃいでいる間、「ねえ安室さん、別の用があったんじゃないの?」「あ、気にしないでくれ。…もう用はなくなったから」コナンくんと安室さんが二人でそんな会話をしていたらしいけど、そっちにまで気が回らなかった。とにかくわたしは少年探偵団というグループへの憧れがやまなくて、わたしの小学生時代にもそういうのがあったらなあ、と思って仕方なかった。正義の秘密結社のようでなんとかっこいいことか。小さい頃そういう、グループで仲良かったことがないのでうらやましい限りだ。


、行くよ」
「あ、はーい!」


安室さんに声をかけられ、少年探偵団の諸君に手を振って別れる。駐車場までの道のりで、にこにこしながら少年探偵団ってかっこいいですねと言ったら、ちょっと呆れながら「君ああいうのすきそうだよね」と返されるのであった。


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