30 「おいおいどーなってんだ?!なんで死体がスーツケースに入ってんだよ?!」 ベッドの下に隠されていたスーツケースを開けた毛利先生も驚きを隠せていないようだ。もともと樫塚圭と名乗る彼女に不審な点が目立っていたため送る口実で自宅を見てみようと思っていたが、玄関口で微かに漂っていた死臭に気付きコナンくんに乗ってこの家に留まることにしたのだ。どうやら正しい判断だったらしい。 予想はしていたため蘭さんたちに比べ受けた衝撃は少なかった僕は、すぐにその死体の観察を始めた。見たところ小柄な男性だ。頭の傷を見るに死因は撲殺。死後一日強といったところか。これをやったのが彼女、というのはまだ断定できないが、この遺体が見つかるのを恐れて逃げたのは間違いないだろう。先ほど玄関を見たときには彼女のブーツはなかったのだ。加えてコナンくんの靴もなかったことを二人に伝えると、誘拐の可能性を不安視する蘭さんは彼に連絡を取ると携帯を開いた。毛利さんも駄目元で彼女にメールを送ったようだ。その間に僕も携帯を確認してみるが、部屋番号を伝えたからの通知は来ていなかった。あの子、飲み物を買うのに一体何分かかって――まさか。 「メ、メール…」 「え、圭さんから?!」 どうやら意外にも反応があったのは樫塚圭を名乗る彼女からだったようだ。しかし、それを開いた毛利先生の顔が途端に険しくなる。 「「メールが来たということは死体を見つけたんですね?このボウヤと彼女は夜が明けたら解放するつもりですが…警察に通報し私の逃亡を邪魔するおつもりなら、二人の身の安全は保証いたしかねます。」――ってことは、やっぱりこの男は圭さんが?!」 思わず顔をしかめる。やはり鉢合わせていたか…。メールにはご丁寧に二人の写真が添付されているようだ。は後部座席に横になり、コナンくんは助手席に座って眠っている。睡眠薬でも飲まされたのだろう。 「ひょっとしたら探偵事務所で拳銃自殺した男も本当は彼女が…」 「そ、そんな…」 「でも圭さんからは発射残渣はほとんど出なかったじゃねーか!拳銃を撃ってねェ証拠だろーが!」 「ひょ、ひょっとしたらの話ですよ、ひょっとしたらの」 あの現場の状況であれば彼女が男の自殺に見せかけ殺害することはできるのだが、毛利探偵は気付いていないのだろうか?しかしこの間のDNA事件のこともある。本当はすでにわかっているのかもしれない。……いや、とにかく今はとコナンくんの保護を優先させよう。 「しかし、犯人に二人を連れ去られたというのに朝まで手が出せないとは…」 「あのガキか安室くんの助手がこっそり居場所を教えてくれりゃあ…」 「…あ、阿笠博士ならわかるかも!」 「え?阿笠博士?」 「コナンくん、いつも発信器付きの探偵バッジ持ってて…それを追跡できる眼鏡をその博士が作って持ってるんです!」 「ホォー…そんな便利な道具があるのなら、ぜひ」それはいいことを聞いた。そんなものを作れる人間が近くにいるとは。まだ毛利小五郎の周囲の人間を調べるだけで江戸川コナンの方には手を広げられていなかったのだ。 とりあえず名前だけインプットしておき、蘭さんに連絡を任せ部屋を出る。退室する間際、彼女の電話にキャッチが入り世良真純と二度目の通話が始まっていた。 毛利先生と蘭さんが寝室にいる間に手早く他の部屋を見て回るとあることがわかる。下駄箱の靴や洗濯機やクローゼットの中の衣類は全て男物だったのだ。つまりここに住んでいる人間は男のみ。少なくともここの家主と自称していた彼女ではない。 「……」 リビングに行き、テレビを点け録画画面に切り替える。録画した番組のタイトルを見てみると、ニュースやワイドショーを立て続けに録画していた。適当に一つ再生してみると、それは最近起こった銀行強盗事件についての報道だった。録画時間を見るにその内容だけ切り取って編集しているようだ。 強盗事件当時の防犯カメラの映像には強盗犯三人の体型の特徴がよく映っている。大柄な体型、反対に小柄な体型、細身の体型。「なお、このとき犯人をなだめようとして射殺された銀行員、庄野賢也さんの通夜は昨晩行われ…」当時の映像から切り替わり、その事件で亡くなった彼の通夜の様子を外から撮影した映像が流れる。画面右上には庄野さんの顔写真が映っている。それは、先ほど彼女の待ち受け画面で見た顔と同じだった。 兄妹と言っていた二人の名字が違うのは彼女が偽名の可能性が高いことから驚くことでもなかった。もっとも、彼女の名字が庄野であるとも断定はできないが。 「……おーけー、もうやめてくれ…」 庄野さんが強盗犯をなだめようとして言ったとされる言葉だ。今朝のニュースで報道されていたが、状況として不自然な台詞だと思い覚えていた。そして、探偵事務所に現れた「樫塚圭」を名乗る女性。 ……大体見えてきたな。録画された番組が今日の分もあることから、少なくともここに住んでいるのは四日前亡くなった彼女の兄ではない。もちろん彼女でもない。その上で、こんな番組ばかりを録り溜める人物は、強盗犯本人、と推測できる。もちろん犯罪マニアや犯人に復讐を目論む庄野さんの遺族という可能性もあるが、この現状からしてその線は薄い。 やはりあの大柄な男を殺したのは彼女だ。つまり樫塚圭という名前は男の方。探偵事務所で毛利先生の助手として出迎えたのは彼女だったというわけだ。拳銃自殺を装うトリックはすぐにわかったし、明らかに彼女が自分の携帯と男の携帯をすり替えていたから怪しいとは思っていた。 庄野さんの「OK、もうやめてくれ」は、本当は「おい、けい、もうやめてくれ」と言ったのだろう。「けい」はおそらく樫塚圭のこと。庄野さんと樫塚圭は知り合いだったのだ。庄野さんによって正体がバレると思った樫塚圭は彼を射殺した。 その樫塚圭が毛利探偵に依頼しようとしていた鍵は十中八九銀行から盗んだ金の隠し場所のものだろう。家の盗聴器で依頼のことを知った彼女はその彼を事務所で待ち伏せた。あの杜撰な手口から、元はあの場で殺すつもりではなかったことがうかがえる。おそらく毛利探偵の助手でないことがバレそうになりやむなくスタンガンで気絶させ殺したといったところか。スーツケースに入っていた小柄な男も銀行強盗犯の一人で彼女に殺害されたのだろう。これで彼女の目論見が銀行強盗犯への復讐であることはまず間違いない。 となると彼女が逃亡した本当の理由は残りの強盗犯の殺害であると予測できる。樫塚圭の遺体からスタンガンの痕が見つかれば自殺ではないとわかるし、携帯電話の持ち主なんてものは警察が調べればすぐに特定されてしまうため、彼女はどうしても今日中に片を付けたかったのだろう。……彼女はすべてが終わったあと自殺をする気なのかもしれない。 いや、それより憂慮すべきは拳銃の所在だ。樫塚圭を殺害したときに使ったそれは警察が押収しているが、まだ二丁が行方知れずだ。彼女が二丁とも持っているか、残りの強盗犯が持っているか、そのどちらも考えられる。となると、彼女に人質に取られている二人が危ない。 「……はー…」 頭に手をやり深い溜め息をつく。の果てしないほどの間の悪さに対する呆れの意味もあるが、大半は焦りが含まれていた。早く助け出さなければ、一番危険なのはだ。 コンビニなんかに行かせるんじゃなかった、と思ってしまう。二十歳も過ぎた人間の一人行動すら安心できないという事実にうんざりするが、だからといって放っておけないのも事実だった。 (放っておいたらあの子は僕の知らないところで死ぬ気がする) 大袈裟すぎるだろう予感は以前からずっと感じていた。そして、大して慈悲深くもない自分が、それは嫌だと思っている。にもかかわらず今まさに、僕の知らないところでに死の危険が迫っているのだ。許せるわけがない。 とりあえずこの件を毛利先生に伝え、まだ手付かずの寝室のパソコンを調べるよう持ち掛けよう。僕はテレビの電源を消し、寝室へと戻った。 |