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「なるほど、家出少女ですか」


 テーブルに置かれた写真を覗き込むと、向かいに座る安室さんは頷き、そばのコーヒーカップに手を伸ばした。エレベーターのトラブルを乗り越え無事安室さんの家に辿り着いた今は、リビングのテーブルを囲み、本日彼が受けた依頼の話を聞いている最中だ。ラズベリーのロールケーキは六等分され、おしゃれなお皿に乗った一切れはすでにわたしの胃の中に収まっている。あまりのおいしさに二人で絶賛したのはつい数分前のことだ。

 助手となるべく、履歴書を押し付けたり土下座をして頼み込むも一向に折れてくれない安室さんにはもはや実力行使と言わんばかりに家に押しかけたりマンションの外で出待ちをしては彼の仕事についていくのが定着していたけれど、大学やアルバイトとの兼ね合いもあって同行できないことのほうが多いのが現実だった。そうなると探偵の仕事というのは依頼人との間に守秘義務というのが発生するため教えてもらえないことがほとんどだ。知らない間に依頼を解決していてわたしが拗ねるのが常なのに、今回やけにすんなり教えてもらえたのは、安室さんがこの件で人手を欲しているからなんだろう。写真の中の中学生くらいの女の子と目を合わせる。もちろん見覚えはない。


「わたしは何をすればいいんでしょうか!」
「明日は大学が全休だったよね。バイトは?」
「ないです!一日安室さん家に入り浸ろうと思っていました!」
「へえ。それなら、この子の中学に行ってほしい。学校にも行っていないらしいからさすがにいないとは思うけど、一応ね。僕は彼女の自宅に行って情報がないか調べるよ」
「わかりました!」


 ビシッと敬礼する。それに苦笑いした安室さん曰く、この子は二人兄妹で父母と四人暮らしをしているらしい。依頼人である母親は自分の娘が家出をしたことを大事にしたくなさそうだったという。しかしとにかく居場所を突き止めてほしいと言っていたその人の様子はひどく心配しているように見えたのだとか。世間体もあるんだろうね、と安室さんが写真に目を落とす。


「事件性はなさそうだし、家庭の事情にとやかく言うつもりはないけど」
「でも早く見つけないとですよね!」
「うん、そうだね」


 笑って頷く安室さんに同じようににこりと笑顔を向ける。彼女の心境に何があったのかわからないけれど、お母さんも心配していることだし早く居場所を突き止めなければ。学校にも行ってないんじゃあ探すのは難しいだろうけど、せっかく任された任務、必ずや遂行してごらんにいれましょう!ぎゅっと拳を作り気合いを入れる。



◇◇



 次の日、わたしは授業の時間を見計らって中学校に潜入した。昨日の夜自宅のインターネットで自分なりに調べたところ、家出少女がここ一週間学校に行っていないことが裏付けられた。なんと彼女の友人と思われる女の子のSNSを見つけたのだ。その子の投稿には家出少女を案じる内容が書かれており、それに対して何人か別の友人がメッセージを送っていた。
 さすがに家出少女本人のアカウントは見つけられなかったものの、一つ有益な情報が得られた。家出少女はこの一週間、友人の家を転々としているらしいのだ。友人が学校に行っている間は街をぶらぶらしているというところまで確認して、昨日のうちに安室さんに連絡した。

 その安室さんからの返信をもう一度読み返す。[ありがとう。できたら明日、彼女を泊めた子たちに話を聞いてみてくれ]……ありがとう、だって!やっほう!歓喜のあまりその場で飛び跳ねてしまう。昨日ベッドの上でもやった。助手として役に立ててる、嬉しい。気分を高揚させたまま廊下をスキップする。校内の案内図はさっき昇降口で写真に収めたのでばっちりだ。階段を二つ上り、二年生の教室がある階に到着する。ええと、家出少女のクラスは二年B組……あ、ここだ。踊り場からすぐ見えた表札を確認し、後ろの入り口から中を覗いてみる。黒板の文字からして数学の時間のようだ。ざっと教室を見渡すと、ポツンと空いた席が目に入る。あれが家出少女の席だろう。先生が前を向く寸前に廊下に隠れる。腕時計を見ると、授業終了まであと五分を切っていた。
 もちろん中学校だって不用心じゃないから、学校の関係者以外をほいほい立ち入らせてはよくないだろう。だからわたしは一応、それっぽいショッパーにそれっぽい服を入れてきている。つまり、「忘れ物を届けに来た生徒のお姉さん」に成りすます戦法だ。こういうのはこそこそしてはいけない。堂々としていれば怪しまれないもんだ。ドラマで見たことを実践しているのである。

 キーンコーンカーンコーンという懐かしいチャイムの放送が流れる。大学では聞かなくなった音楽に一人感慨にふけにこにこしていると、ガラッと教室から先生が出てきた。わたしに気付いたその人は最初びくっと驚いた様子だったけれど、こちらからにこりと笑って会釈してみせると、眼鏡のブリッジを押し上げながら同じく会釈をして階段を降りていった。……ふっ、どうだ!内心はドヤ顔だ。安室さんに押し付けた履歴書の特技の欄に潜入ってことも書いておけばよかったかもしれないな!
 ともあれ、早速友達に話を聞こう。ひょこっと入り口から顔を覗かせると近くの生徒が何人かわたしを見てぎょっとしていた。彼らを一通り見回したあと、目的の人物を見つけた。プライバシーとは何なのか、SNSに載せていた写真の顔とばっちり一致した。丁度トイレにでも行こうとしていたらしく、うかがうようにわたしを見ながら廊下に出た彼女に声をかける。「あの、」「え、はい?」よしよし、順調順調!これで今家出少女を泊めてる子が特定できればひとまず目的達成だ!一人すでに問題を解決した気分で問う。


「わたしレイナちゃんのいとこのと申します。レイナちゃんのことでちょっと…」
「レイですか?じゃあ呼びますね」
「へ?」
「レイー!呼んでるよー!」


へ?!予想外の反応に頭が真っ白になる。まさかの本人だと。なんで?!学校来てないんじゃあ、


「誰?」
「え?いとこさんでしょ?」
「は?」


 席を立ち歩み寄ってきたその子は写真で見たのと同じ顔をしていた。間違いなく、家出少女のレイナちゃんだ。やばい、やばいやばいやばい!背中を冷や汗が伝う。見せつけるように怪訝な表情の彼女と目が合う。


「知らないけど。なに、不審者?」


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