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 安室さんの車が完全に停止した。どうやら圭さんのマンションに着いたようだ。すぐにトランクのリアが上がり、上体を起こすと微妙な顔をした安室さんが見えた。


「大丈夫かい」
「わりと!安室さん運転上手ですよねー」
「ハハ…それはどうも」


 わたしがトランクから降り、安室さんが車の鍵を閉める。圭さんたちのこれまた微妙な視線を受けつつ、さあエントランスへと言った彼女を遮るように安室さんに耳打ちした。


「あの、ちょっとコンビニで飲み物買ってきていいですか?」
「構わないけど…」


 実は事件の捜査中から喉が渇いて仕方なかったのだ。すぐそこにコンビニも見えるし、圭さんのお見送りはわたしがいなくても問題ないだろうしと思い申し出た。安室さんは了承したあと、「圭さんの部屋番号はあとでメールするよ」と言って毛利さんたちと合流した。はい、と頷いたはいいけれど、わたしが飲み物を買ってくる間に圭さんのお見送りは済んでしまうんじゃないだろうか?

 横断歩道を渡り、コンビニで天然水を買う。店を出て一口飲んだあと携帯を確認すると、言った通り安室さんから圭さんの部屋番号が記されたメールが届いていた。七階か、なるほど。
 行き違いになってしまうんじゃないかと思いつつエレベーターで登る。外観もおしゃれなマンションだと思ってたけど、中も綺麗だし、いいところに住んでるなあ。ええと703は、と。


「あれ?」
「あっ!」
「! さん…」


 通路を曲がったところでなぜか圭さんとコナンくんと鉢合わせた。なぜこの二人が?というか他の人たちは?


「あ、あの、お茶を坊やと買いに行こうと思って」
「へえー…え?お茶?」
「ちょっと上がってもらってるんです。なのでお茶を出そうとしたら、お茶っ葉が切れてて」
「そうなんですかー!」


 なるほど、それは確かに家主が出なければ変だ。お茶出してもらえるならお水買わなくてよかったな…。ちょっと損をした気分でいると、唐突にコナンくんがわたしの手を掴んだ。


「ねえさんも一緒に行こうよ!」
「そ、そうですね、お茶菓子なんかも選んでいただけると…」
「行く行くー!」


 お菓子を選ぶのは大好きだ。そういった雑務は探偵の助手として甘んじて受けたい所存であるし、可愛いコナンくんからのお誘いならばよろこんでお供させて頂こうではないか!


「毛利さんたちには私から連絡しますね」
「お願いしまーす」


 再びエレベーターに乗りながら、連絡は携帯を操作している圭さんに任せ、わたしは自分のそれをちょっと確認した。着信は特にないようだ。
 一階に着き、駐車場に向かう。安室さんの車からわりかし離れたところに停まっている青い小型車が圭さんの愛車らしい。コナンくんは嬉しそうに一番乗りで助手席に乗り込んだので、わたしは後部座席に座る。

 あれ、圭さんの姿が見えない?

 鍵を開けてどこかに行ってしまった圭さんをきょろきょろ探していると、エントランスの裏側から彼女はやってきた。「はいこれ、付き合わせるお詫びです」運転席に乗り込みわたしたちに渡したのはペットボトルのジュースだった。どうやらマンション内に自販機があったらしい。くそう気付かなかった…。再び感じた損の気分はしかし、彼女の手にあるラベルを見て吹き飛んだ。


「わーありがとうございます!フルーツジュース大好物なんです!」


 そう、なんとそれはフルーツジュースだったのだ!しかも見たことない種類だ。これは嬉しいぞ!
 喜んで受け取りさっそくキャップを外して飲む。とってもおいしい!もう一度お礼を言うと圭さんは笑い返し、車のエンジンをかけた。これ、わたしの家の近くでも売ってないかなあ。リピートしたくなるおいしさだ。

 にこにこしながら遠慮なくガブガブと飲むわたしは、助手席でコナンくんが少年らしかぬ真剣な表情でこちらをうかがっていたことに気がつかなかった。


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