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 ようやく落ち着いたと思えたのは警察が到着し、トイレで監禁されていた女性の事情聴取が始まってからだった。陽はとっくに暮れていて外は真っ暗だ。毛利さんといてよく事件に遭遇するという蘭ちゃんもさすがに自宅で知らない人に自殺されるとは思っていなく、不安そうにトイレのほうを見ていた。そうだ、わたし年上なんだししっかりせねば、と頷く頃には蘭ちゃんの動揺も治まっていたので軽く空振りした感は否めない。


「ではこういうことかね?樫塚圭さん」


 まさかこんなに早く再びお会いするとは思ってなかった。目暮警部が、上着を肩にかけてソファに座る女性、樫塚圭さんに事件の経緯を確認する。彼女が依然恐怖に震えているのは無理もない。コインロッカーの捜査を毛利さんに依頼しに来ただけなのに、毛利さんの助手を名乗る男にスタンガンで気絶させられ、気がついたらガムテープで拘束されトイレに押し込まれていた上に、目の前でその男に拳銃自殺されたのだから。話を聞いただけでもトラウマものなのだから、体験した圭さんの衝撃は尋常じゃなかっただろう。逃げないようにブーツを脱がされ靴ヒモまで抜かれたという彼女は涙を流していた。


「しかしあの男は何の目的であなたをトイレに?」
「ず、ずっと質問攻めにあってました…。こ、この鍵はどこのロッカーの鍵だ?!言わないと殺すぞって…」


 それほどまでこだわるロッカーの中には一体何が入っているのだろう。鑑識課からの報告に戻ってきた刑事(高木さんというらしい)は目暮警部に、圭さんから発射残渣が出なかったことを伝えた。


「よーし、まずはそのコインロッカーの所在を割り出し、自殺した男の目的を突き止めろ!」
「はい!」


 目暮警部の指示で再び事務所をあとにする高木刑事。その間、ここに残ったメンバーは事件の推理を進めていた。拳銃自殺した男。主に謎は彼についてだ。なぜ男はトイレに圭さんを連れ込んだのか。コインロッカーのことを聞き出したかったのにそんなことをする意味がわからない。拳銃で彼女を脅して場所を移動して尋問することもできたのに、スタンガンで気絶させ拘束してしばらく立て籠もる気だった、というのも変だ。そして挙げ句の果てに拳銃自殺。……と、いう不可解な点は全部目暮警部と毛利さんが挙げたものだけれども。頭が追いつかないわたしは安室さんの隣でなるほど確かに変だと頷くばかりだ。「まあ、この毛利小五郎が予想以上に早く戻って来たから、逃げきれないと観念したってところでしょう」確かに、それで焦って、ってことなのかも。


「す、すごく焦っていたみたいです……早くそのコインロッカーを見つけないとヤバイとか言ってましたから…」


 そう言った彼女に目暮警部が自殺した男との面識を問うと、それには首を振る圭さん。あの男が、圭さんのお兄さんの遺品である鍵を目当てにしていたのだったら、お兄さんの知り合いである可能性が高い、と目暮警部が念を押すけれど、圭さんはお兄さんの友人にはあまり会ったことがないと答えた。


「ちなみにお兄さんは何で亡くなったんですか?」
「……」


 あれ?安室さんの質問に反応を示さない圭さん。「お兄さんの死因は?」顔を近付け声を張ってようやく、彼女はソファの右側に立つ安室さんに振り返った。聞こえてなかったのかな。そりゃあお兄さんが亡くなって心細いのに更にショッキングな体験をしたら放心だってするだろう。彼女のお兄さんは四日前に事故で亡くなったのだという。携帯を操作し、画面を安室さんに見せる。


「これが兄ですけど…」
「へえー、待ち受けにしてるんですね」


 安室さんの後ろから覗き込むと、確かに圭さんと一緒に眼鏡をかけた黒髪の男性が写っていた。仲良しな兄妹だったようだ。
 それから話は男の携帯電話に移った。圭さんを装って毛利さんに送ったメール以外、メールボックスは空なんだそうだ。しかも電話帳も真っ白らしく、買い換えたばかりにしては新しい機種にも見えず不思議だという。携帯と一緒にポケットに入っていたのは例の鍵とスタンガン、タバコ、ライターに加えて財布と小銭。その小銭は全部で五千円近くあったうえ、財布には一万円札が2枚、五千円札が5枚、千円札にいたっては47枚も入っていたという。


「よかったらポケットの中に入っていた物、見せてもらえます?」
「あ、ああ…」


 安室さんの頼みに鑑識さんが持ってきたそれらがテーブルに並べられる。高木刑事が調査中の鍵以外、先ほど目暮警部が言った物すべてがあった。一つずつジップロックの袋に入れられ、保存がなされている。


「ライターとかお財布、ボロボロですね」
「ああ。そうだね…」


 皮のお財布も鉄製のジッポも傷だらけだったのだ。随分ぞんざいに扱っているらしい。そんな感想を小声で伝えると静かに頷く安室さん。さっきからずっと真剣な表情を崩さない。彼も頭の中で推理しているのだろう。
 最後に目暮警部が、遺体の足元に落ちていたタオルが濡れていたことや圭さんのブーツの靴ヒモの先に結び目があったことを彼女に聞いてみたけれど、前者はわからず、後者は子供の頃からの癖だと答えただけで捜査の役には立ちそうもなかった。結局今日のところは事情聴取を終わりにして解散ということになった。圭さんはメモ用紙に住所と連絡先を書き、目暮警部に渡した。


「家に帰るのなら僕の車でお送りしましょうか?」


 唐突な提案にぎょっと隣を見る。もちろん安室さんだ。優しいとは知ってるけどそんな紳士っぷりまで発揮するとは!人のいい笑顔に思わず瞠目してしまう。


「近くの駐車場に停めてありますし、もしかしたらあの男の仲間があなたの家のそばで待ち伏せてるかもしれませんしね」
「わざわざありがとうございます…」


 お言葉に甘える圭さんにジェラシーを感じながらも顔に出すまいと我慢する。彼女は事件の被害者なのだ。わたしなんぞが文句は言えない。安室さんの申し出だって善意のはずだ、そこに変な意味はない……はず!


「…ところで、なんで彼らがここにいるんだね」
「いやあ、実は安室くん、私の一番弟子になりまして!」
「弟子ィ?!」


「はあ…また君の周りに探偵が一人増えたわけか…」「また?」目暮警部と毛利さんのやりとりが耳に入り、安室さんと同じタイミングでそちらを向く。ご機嫌に笑う毛利さんとは反対に、目暮警部はうんざりといったように白けた目をしていた。


「君の他にもいるんだよ…最近毛利くんと一緒に現場にチョロチョロ顔を出す若い女探偵がな…」
「へえー…若い女性の探偵ですか…。それはぜひ、会ってみたいですね」
「浮気ですか?!」
「色々違う」


 それならよかった!にしてもここら辺には探偵というものが大勢いるのだろうか。安室さんを知る前まで本当に存在しているのかさえ疑わしかったのに、ここ最近で四人の探偵を確認するとは。


「それじゃあ圭さん、行きましょうか」
「は、はい…」
「待て。俺も行くぞ。圭さんが心配だからな」
「ボクも行くー!」
「えっ!じゃあわたしも…!」


 んんん?!何やら同乗希望者が多くないか?!圭さんだけじゃなく毛利さん、コナンくん、蘭ちゃんまで乗ると言い出したのだ。それに困ったように笑う安室さんは「コナンくんを入れて五人ならギリギリ乗れるかと…」と言うが、残念ながらそれでは全員が乗れない。……ということは。嫌な予感がして安室さんを横目で見上げる。


「悪いけどは電車で帰ってくれるかい」
「い、言われると思いました!断固拒否です!」
「仕方ないだろ。毛利先生は当然だし、蘭さんたちがここに残るのは心細いだろうし」
「ぐうう……」


 子供をあやすように言い聞かせる安室さんに歯をくいしばる。確かにそうだ、この中で一番乗らなくていい人間は私だ。ここから家までは電車で割とすぐだし、現に普段安室さんと出勤時間が被らないときは電車で来ている。さらには定期券内だし交通費もかからないというわたしに不利なこと満載だ。でもわたしだってここから一人で帰るのは心細い!って安室さんもわかってるはずなのに!


「あ、わかりました!トランク!トランクに入れてください!」
「……それは人としていいのか」
「入りますかね?安室さんの車のトランク見たことないんですけど…」
「まあ……くらいならギリギリ入ると思うよ」


 じゃあそれで!パンと手を叩く。呆れ顔の安室さんも渋々頷いて問題解決である。蘭ちゃんには申し訳なさそうに謝られたけれど、わたしとしては大した問題じゃなかったので首を振っておいた。


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