27 「ちょっとお父さん?!タバコの灰落ちてるよ!!」 「あ…」 「火事になったらどーすんの?!まあ、ウチの家計は誰かさんが仕事さぼってるお陰で火の車寸前だけどね!」 「あ…その洒落おもろい…」 蘭ちゃんのブラックジョークに笑っていいものかと口を覆う。テーブルに落ちた灰を手で片付ける毛利さんに、安室さんが仕事の同席を申し込んだ。 「では、僕たちも同席して構いませんか?今日のポアロのシフトはお昼までですし」 「いいけど、同席するならちゃんと授業料払えよ」 「もちろん!」 全員で事務所を出たあと、安室さんと一緒にポアロに一旦戻る。火傷特有の痛みはもう引いていたので氷袋は控え室の水道に流して処分してしまう。その間に安室さんはロッカーにエプロンをかけジャケットを羽織っていた。ポアロは華美でさえなければ仕事着は私服にエプロンを着るだけでいいという楽ちんぶりなのだ。 「もう手は大丈夫?」 「はい!」 「じゃあ行こうか」 マスターと梓さんに挨拶をして、毛利さんたちの待つレストランコロンボへと向かった。 到着する頃にはすでに注文は終えていたらしく、昼食を済ませてあるわたしはデザートを頼み、安室さんはコーヒーを頼んでいた。数分して全員の注文品が同時に届き、各々手をつける。 「へえー…コインロッカーの鍵ですか…」 「ああ、先日亡くなった依頼人の兄の遺品からその鍵が出てきたらしいんだが」 毛利さんの隣に座り、依頼内容を聞く安室さん。彼の向かいに座り同じように耳を傾けるわたしの隣にはコナンくんと蘭ちゃんが座っている。 依頼内容は、依頼人が持ってくるコインロッカーの鍵がどこの鍵かを探してほしいというものだった。そのロッカーに兄の大事なものが入っているなら棺桶に入れて送ってやりたいという兄弟愛に溢れた理由らしい。「でも、どこの鍵かなんてわかるものなんですか?」疑問に思い問いかけると、毛利さんは淀みなく、鍵に刻まれている会社名とシリアルナンバーを元に問い合わせれば大体の見当はつくのだと答えてくれた。そういうものなのかあ。蘭ちゃんも感嘆する。 「……そ、それだけなんですか、依頼内容は?」 「ああ!これで30万もくれるっつーんだから、おいしいだろ?」 「お金持ちな依頼人ですねー」 バニラアイスを口へ運びながらそんな感想を漏らす。もしかしたら依頼人は、大金を支払ってでも兄へ心からの追悼をしたいのかもしれない。なんだかいい話の匂いがするぞ。 しかし当の依頼人が一向に来ない。蘭ちゃんたちはとっくのとうにご飯を食べ終わっているのにも関わらず、だ。てっきりご飯を食べながら依頼人と会うのだとばかり思っていたからこの遅さには驚きである。この近辺にコロンボという店が他にもあるんじゃないか、会う場所をここに変えようというメールに返信はしたんですよねと安室さんが確認するもイエスの返事をする毛利さん。「ここで待ってるってメールもさっきから何度も送ったけど返事が来ねえんだよ」じゃあすっぽかされたのだろうか。なんでい、と顔も知らない依頼人に口を尖らせる。 「ん?ゆうべ来た依頼人のメールとさっきのメール、アドレスが違ってるなあ…」 「え?」 「まさか自分の携帯が充電中だったから、友達の携帯を借りて慌ててさっきのメール送ったんじゃない?」 「…そして、その友人は携帯の電源を切ってしまったとか?」 「おいおい、OKの返信したのさっきのメールアドレスだぞ?!」 「だったらOKの返事が来てるのを知らずに待ってるかもね!最初の約束通り探偵事務所で」コナンくんの意見にそうかもしれないと思い、わたしたちは再び事務所に戻ることにしたのだった。 しかし事務所の外はおろか入り口のドアを開けても人の影はなく、首を捻るばかりだ。コナンくんは真っ先にソファのほうへ行ったものの座るでもなくテーブルの上を見ていて、蘭ちゃんと安室さんは紅茶の用意をするため給湯室に行った。毛利さんはトイレに向かったようだ。各々散り散りになっていく中手持ち無沙汰のわたしは特にやることもなくおろおろしていた。紅茶入れるのに三人もいらないよなあ、他にやることないかな……。 「ん?……お!依頼人から返事来たぞ!」 「お!」 毛利さんがトイレのある個室へのドアを開ける手前という微妙なタイミングで返事が来たらしい。「たった今コロンボに着いたから来てくださいって」時間にルーズな人なのか、しれっと送ってくるあたりなかなか図太い神経の持ち主のようだ。「じゃあボクついてくからちょっと待ってて!トイレ済ませちゃう…」コナンくんの声に答えるように再び携帯が振動する。 「また依頼人からメール……「急いでみんなで来てくれ」って」 「みんなってわたしたちも?」 「他に誰がいるんだよ?」 紅茶の支度を止めこちらに戻ってきた蘭ちゃんに不満そうに答える毛利さん。同じく奥から戻ってきた安室さんは何かを考えるような顔をしていたけれど、「ではまたみんなでコロンボに行きましょう!」と笑顔で出入り口へと促した。 「ほら、も早く」 「え、あの」 安室さんに腕を掴まれ外に出る。しかしわたしは内心冷や冷やしていた。だって依頼人の「みんな」には、少なくともわたしと安室さんは入っていないのだ。依頼人が毛利一家を知っていて娘さんと居候くんもご一緒にと言ったのだとしたら、わたしたちはご一緒しちゃまずいんじゃあ……。依頼人絶対驚きますよ。元々会合に同席するつもりだったとはいえ、向こうからそう言われては状況が変わる。四人と六人ではテーブルの大きさも変わるだろうに。しかしそのことに気にする様子もない安室さんは、全員が事務所を出たあと後ろ手でドアを閉めてしまう。 「あ、あの安室さん、」 「静かに。……恐らく、こういうことですよ」 へ?思わず目を丸くする。わたしの言葉を遮ったと思ったら安室さんはドアに背を向け、人差し指を口の前に立てそう切り出した。ええ、かっこいいです。 「依頼人を毛利先生に会わせたくない人物がいて、場所変更のメールで先生を追い払い、空になった探偵事務所で事務所の人間としてその依頼人と落ち合ったんです」 「ええっ?!」 三人で驚きの声を上げると、抑えるようシッとたしなめる安室さん。「みなさんお静かに。その証拠に、入り口のこのドアの鍵穴にはこじ開けた跡があり、食器棚の中にわずかに濡れたティーカップがありました。蘭さんの性格からして、濡れた食器をそのまま棚にはしまわないでしょう?」スラスラと自身の推理を述べる安室さんに口をポカンと開ける。その口ぶりはまるで、最初からわかっていたようだった。もしかして、それを確かめるために蘭ちゃんに紅茶の用意の手伝いを申し出たのだろうか?いくらなんでも察しがよすぎる。 「それにさー…テーブルの上に落ちてたタバコの灰も綺麗に拭き取られてたよ?これってボクたちが出かけてる間に誰かが拭いたんじゃないかなあ?」 ぎょっとしてコナンくんを見下ろす。この子もさっきそんなところを見ていたのか。意外と鋭い少年のようだ。コナンくんの指摘に安室さんが推理をまとめたところによると、わたしたちが留守にしている間に誰かが依頼人を招き入れ、テーブルの上を拭き紅茶を出して持て成した痕跡であるという。 「で、でもなんでそんなこと…コインロッカーを探してもらいに来ただけなのに…」 「そのロッカーにとんでもねえ物が入ってんじゃ…」 「さあ、それは……本人に直接聞いてみましょうか!」 ガチャリとドアノブを回し開く安室さん。「え、安室さん、本人って…?!」信じがたいといわんばかりに目を見開くわたし。蘭ちゃんも毛利さんも同様だ。 「先生がトイレに入ろうとしたときに丁度返信が来ましたよね?そしてコナンくんが入ろうとしたときも…」 彼の視線に合わせてコナンくんを見下ろすと、彼は驚いた様子もなく、それどころかトイレの前の床に引きずったような跡があったことを伝えた。れ、冷静すぎやしないかこの少年…!「そう、おそらくその誰かは何らかの理由で依頼人を連れ込み、まだ隠れているんですよ」室内に入り、安室さんがその方向を見据える。 「あのトイレの中にね」 瞬間、パアンッと大きな音が轟いた。ぞわっと背筋が粟立つ。この音は、まさか――。 真っ先に駆け出したコナンくんと安室さんに遅れながらもついていくと、「来るな!」安室さんに腕で制止されてしまった。個室の中は見えないけれど、女性のくぐもった声が聞こえる。 「あ…あむろさん…?」 「君は部屋に戻って。毛利先生、警察を!」 「おい、まさか…」 険しい表情の安室さんが、ゆっくりと口を開く。 「男性が拳銃で亡くなっています」 浮き足立つ感覚。目眩がした。 |