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 伴場さんが外に出られるとしたら店の正面の入り口のみ。しかしパーティの主役である彼が出て行ったのなら誰かが見て覚えているはず。そう指摘する毛利探偵に対し、トイレで変装をしたのだと反論する安室さん。伴場さんはパーティの最初に参加者の前で挨拶をし変装前の自分の姿を記憶させているから可能だと言う。そのあと携帯の通話履歴の説明を伴場さんから求められたのに対しては、変装をし店を出て駐車場で初音さんを待ち伏せ、彼女が車から降りたときに電話をかけたのではと問う。


「そして少々抵抗されはしたものの、なんとか彼女を車の中に押し込んだあなたは車に火をつけたあと急いで店に戻り、トイレで元の服装に戻ってウェイターである僕にわざと殴りかかって怪我をし、彼女に引っ掻かれた傷をごまかしたんだ」


 なるほど、と納得する。それをやったのは多分、わたしと安室さんがバックヤードに飲み物を取りに行っていたときだ。色々話すこともあったしそこには五分から十分くらいいたと思う。初音さんが戻ってくる時間をメールで知らされていた伴場さんなら駐車場での待ち伏せ時間はほとんど考えなくていいから、そのくらいの時間でも犯行をこなすことは可能だ。電話をかけている振りをしている最中にタイミング良くスプレー缶が爆発したため、まるでその瞬間に車が炎上したように演出することができたのだと安室さんは付け加えた。


「しかし、その推理だと変装に使った服などがトイレから見つかるはずだが?」
「ハサミやナイフとかで切り刻んでトイレに流したんでしょうね。ニット帽ならもちろん、薄いナイロン製のウインドブレーカーなら細かく刻めますしね」


 へえ、じゃあトイレの排水管とかを調べたらその証拠が出てくるかもしれないのか。トイレを流れたものって調べられるのかな、業者とかに問い合わせたら……いや、あまり綺麗な話じゃないからやめとこう。
 一貫して堂々としている安室さんはやはり伴場さんが犯人だと確信しているようだ。わたしも彼の推理を聞いているうちに、そうなんだと諦めの気持ちが湧いてきていた。婚約者が犯人だなんて思いたくなかったけれど、DNAなんていう動かぬ証拠がある以上認めざるを得ないだろう。
 しかし毛利探偵はそうとは思っていないらしい。服と違って靴はそう簡単に処分できるものじゃないと反駁する。でもそれに対する反論はわたしでもできるぞ。「靴なんて履き替える必要ありませんよ」うんうん。安室さんの言葉に頷く。「歩き続けて止まらなければどんな靴かなんて判別できませんし…」そ、そういうものだとは知らなかったけども。


「実際、彼の靴はどこにでも売ってそうなスニーカーですしね」


 彼の靴に目をやる安室さんに倣いわたしも視線を動かす。彼の言う通り、伴場さんの靴はよくある紺のスニーカーだった。もしどこかに足跡が残っていたとしても、彼のものだと言い切ることはできないだろう。


「じゃあ伴場、脱いで見せてやれ。おまえのスニーカーの裏側を」
「え?」
「それはおまえが…犯人でないという証拠だよ!」


 左のスニーカーを脱ぎ、細身の刑事さんがそれを裏返す。立ち位置的に彼に何が見えているのかわからないけれど、困惑の表情を浮かべたのは見えた。


「靴の裏にクリームのようなものが…」


 それが何なのか、わたしはすぐにわかった。パーティの最初に安室さんが仕掛けるのに使ったチョコレートケーキだ。伴場さんは思いっきり踏んづけてたし、溝にまで入り込んでいてもおかしくない。でもそれが何だというのか。


「そ、そうか!事件当時、雨がかなり降っていて、濡れた路面を歩いたのならこんなクリームほとんど取れちゃってますよ!」


 細身の刑事さんの言葉にハッとする。確かにそうだ、でもそのクリームはまだ残っている、ということは…。


「つまり、彼は店から出ていないということか…」
「ええ…」


 目暮警部に毛利探偵が肯定する。さらに毛利探偵は、靴を履き替えた伴場さんの仕掛けたフェイクである可能性も考えつつ、外に出ていない証拠として彼が言い出さない上に任意同行で店を出、その証拠を消そうとしたことから、彼の無実を証明する証拠だと確信したという。
 一気に説得力を増した毛利探偵の推理。しかしまだ説得できていない点がある。


「で、でもDNAは?!彼女の付け爪の先に彼のDNAとほぼ一致した皮膚が付いていたんですよ?彼がそのとき、彼女のそばにいたって証拠じゃないですか!」


 安室さんが反論する。そう、DNA、それは動かぬ証拠でしょう。毛利探偵は付け爪に付いていたのが彼女本人の皮膚だった場合を示唆するが、DNAなんてものが他の人とそう簡単に一致するものじゃないことくらいわたしにもわかる。「な、何言ってんですか?現在、同じ型のDNAの別人が現れる確率は4兆7000億人に一人とされてますし…だいいち女性には男性だけが持ってるY染色体がないからすぐわかりますよ!」さすがにそれは知らなかったけども!


「問題のその皮膚が雨や泥で汚染され、性別の部分が不明だからほぼっていってるかもしれねえだろ?」
「…だとしても…そんな二人が偶然出会い、たまたま恋に落ちて結婚しようとしたって言うんですか?!」
「出会ったのは偶然かもしれねえが…惹かれ合ったのは必然だったと思うぜ?」


「なんせ二人は、双子だったんだからな…」毛利探偵の神妙な声が響く。その言葉を理解するのに時間がかかった。ポカンとして、それから、今までに得た情報を思い出していく。同じ誕生日と血液型、同じホテル火災で助け出された身元不明の赤子。二人が双子だったと考えたら全てつじつまが合う。
 背筋がゾッとする。ということは、まさか初音さんは……。


「お、おいおい冗談だろ?俺と初音が双子だなんて…」
「彼女、身長いくつだったかわかりますか?」
「140の後半だって言ってたよ…背が低いの気にしてたし…」
「……だとしたらその可能性は高いですね…異性一卵性双生児の女性の方は、ターナー症候群で低身長になりやすいですから…」


 今までよりずっと動揺している伴場さんに、安室さんが言いづらそうに答える。彼も毛利探偵の推理に納得しているようだった。


「恐らく彼女はネイルサロンからここへ戻り、車を降りたそのときに鑑定を依頼していた業者からの電話が鳴り、その結果を聞かされちまったんだよ…おまえと初音さんは結婚することを許されない、血の繋がった双子だってことをな…」
「そ、そんな…そんな…」


 毛利探偵の推理に、伴場さんはついに涙を浮かべた。遣る瀬ないと思っていた真実は、もっと遣る瀬ないものだった。



◇◇



 そのあとすぐに目暮警部の携帯が鳴り、もう一つ見つかっていた付け爪に付着していた皮膚と血液のDNAが、性別の部分以外伴場さんのそれとピッタリ一致したという報せが入った。そしてその血液は彼女の遺体からかろうじて取れたDNAとも一致したため、付け爪についていた皮膚は彼女のものだということが判明、初音さんは焼身自殺であることが断定された。

 前夜祭は暗い雰囲気のままお開きとなり、警察や毛利探偵たちが帰ったあとわたしと安室さんは会場の片付けに取り掛かっていた。安室さんが探偵でわたしが助手で、仕事のためにここに潜り込んだことは店長に知られてしまったけれど、もう用はないことを察してくれた彼は今日限りで辞めることを許してくれた。本来なら三ヶ月くらいの契約期間だったはずだし申し訳ないからと、わたしは今日の分、安室さんは今までの分の給料はいらないと申し出たけれど、働いた分は払うと言い片付けが済んだあと現金を手渡しで受け取ってしまった。ちょっとドジだけれど心の広い店長だ、本当に申し訳ない。お礼を言いウェイターの社員さんとキッチンの人たちにも挨拶をしてから、わたしたちは車に乗り込んだのだった。


「さすがは毛利探偵だったね。自分がまだまだだってことが身にしみたよ」


 事件のあとからずっと最低限の会話しかしなかった安室さんが口を開いた。それに一瞬ほっとする。彼の張り詰めた緊張が伝わり、わたしから声をかけるのが躊躇われていたのだ。しかし自省する彼の言葉に動揺する。安室さんは確かに推理を違えたかもしれない。けれど、だからといってそんな自虐的な彼は、見ていられなかった。


「あ、安室さんも惜しかったですよ!理には適ってましたし!」
「全然惜しくないよ。理に適ってようがなかろうが、僕は冤罪を生むところだったんだから」
「う……」


 わたしが誘拐された事件でも普段の探偵の仕事でも、安室さんはいつも的確な判断で行動し証拠を集め、隠された真相にたどり着いていた。わたしが知る限り、安室さんの推理と真相が食い違うことは、これが初めてだったのだ。だから何て言ったらいいかわからない。助手として安室さんをフォローするべき立場にいるはずなのに、何と言えば安室さんのプライドを傷つけず、励ますことができるのか、まったくわからなかった。何を言ってもわたしが傷つけてしまう気がして、心臓は居心地悪く鼓動していた。間違いは誰にだってある?次頑張ればいい?どれも偉そうに聞こえる。安室さんのために何かしたいと思うのに、思うだけで何もできないのだ。


「でも、安室さんは……」
「…情けないところを見せたね、ごめん」


 ふるふると首を振る。そんなこと言わなくていい。全然情けなくなんかない。思うのに口から声は出て来ず、ぎゅっと噤むしかなかった。


「勉強し直さないとな……」


 ぼそっと呟いた安室さんを見上げる。正面を見据えハンドルを操作する彼は確かにわたしの隣にいるはずなのに、なぜか遠くに感じた。


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