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 同じ生年月日と血液型。出会った瞬間感じた感慨。それに合わせてホテル火災から助け出されたという二人の境遇を聞けば双子である可能性はおのずと浮かび上がってくる。現に彼女もそれを聞いてすぐDNA鑑定を依頼していたようだし、前から薄々疑ってはいたのだろう。
 それでも他殺の線は残っていたため警察の捜査に立ち会っていたが、付け爪に残された皮膚のDNA結果を聞いた時点でその可能性は消えていた。自殺の動機はDNAで伴場さんと双子であることが証明されてしまったから。付け爪に彼女の皮膚が付着していたのは、真実を突き付けられ絶望のあまり顔を掻きむしるほど泣いたため。

 そこまで導いていたのにも関わらず、僕は警察の疑いが伴場さんに向けられたのを絶好の機会と考えた。事件の早期解決や冤罪の危険性より、自分の任務遂行を重視したのだ。僕が間違った推理をし、毛利探偵が正しい解決に導く。そのストーリーを瞬時に思いつき、僕は実行に移した。
 元より、近々どうにかして毛利探偵に弟子入りするつもりだった。シェリーを探すため彼女と関わっている疑いのある毛利探偵に近付く計画を立てていた僕はこの機会を利用することにしていた。文句を言われるのがわかっていてもを放って会場を決めたのはその場にいてほしくなかったからだ。しかしある意味予想通り、そんなことでは諦めない彼女は自力で採用をもぎ取ったのだが。

 それにしても、毛利探偵の演技力には驚かされたな。彼は推理を披露する直前まで、本当に何もわかっていないような振る舞いを見せていた。あれは伴場さんが躊躇なく店外へ出ようとするか見るための演技だったのだろう。伴場さんの靴裏に気付くよう、倒れた彼の足を押さえてもらおうとしたのも流されてしまいどうしたものかと思っていたが、彼はどこか別のところで気付いていたらしかった。最悪初音さんの遺体からDNAが採取できさえすれば冤罪は免れるだろうとは考えていたが、それも杞憂に終わり毛利探偵は見事事件を解決した。そう、これでよかったのだ。

 盛大な推理ミスは、僕のプライドを傷つけたりはしなかった。任務遂行のためならこのくらい容易にやってのけることができる。


 ただ、欲を言えば、には見られたくなかったな。


「それじゃあ今日からよろしく頼むよ」
「はい。こちらこそお世話になります」


 水色のエプロンを受け取り、店長であるマスターに挨拶を述べる。僕はこれから、このポアロという喫茶店に勤めながら毛利探偵の周囲を探り、シェリーの行方を追う。予定外の事件が起きこそすれ、概ね僕の計画通りに事が進んでいた。毛利探偵はここで食事を摂ることも多いようだから、上手くいけば今日中に弟子入りを申し込めるだろう。気を引き締め、同じく店で働く榎本梓さんから業務内容を教わりながら彼の来店を待った。

 には事前に毛利探偵への尊敬の念を匂わせておいたから、この行動も変には映らないはずだ。知りたがりの彼女のことだから、僕に不可解な点を見つけたらすぐさま首を突っ込んで調べ出すだろう。それが行き過ぎて彼女の存在が組織のメンバーの目に留まり、幹部である僕の周囲を嗅ぎ回る人間として命を奪われかねない。そんな事態を回避するためにはやはり、組織としての行動を彼女に悟られないよう動く必要があった。

 昼頃やってきた毛利探偵に内心笑みを漏らし、さりげなく奥に下がる。娘の毛利蘭と居候の江戸川コナンもいるようだ。梓さんが三人から取った注文を確認し、先に飲み物だけ運ぶ旨を伝える。テーブル席に持っていき、目を丸くする彼らに挨拶をしたあとすぐさま本題に入った。


「何ィ?!弟子にしてくれだと?!」


「この毛利小五郎のかよ?!」驚きの声を上げる毛利探偵に愛想のいい笑みを浮かべ、はいもちろんと頷く。「昨日の毛利さんの名推理に自分の未熟さを痛感しまして、一から出直しを…。ですからこうやって毛利さんのおそばでバイトして、毛利さんがかかわる事件に同行させて頂ければと…」昨日の事件で説得力の増した動機を並べるが、彼は簡単に頷きはしなかった。


「だがなあ…俺は弟子なんて取らねえ主義で…つかおまえ、助手がいただろ」
「彼女のことでしたら心配いりません!いないものとして扱ってください」

「ちょっと待ったーー!!」


 来たか。愛想笑いを引っ込め首を右に捻る。予想通り店の入り口にが立っていた。尾けられているのはマンションを出たときからわかっていたし、さっきからずっと入り口や窓から覗いていたのでバレバレだ。ズンズンと効果音が聞こえてきそうな勢いで近寄ってきた彼女は、僕と毛利探偵を遠ざけるように割って入った。


「安室さん考え直してください!確かに毛利探偵は高い推理力の持ち主ですが、安室さんだって立派な名探偵です!これからも二人三脚で頑張りましょう!」


 今度は呆気にとられてしまう。昨日車の中であからさまに落ちていた彼女は今、何か答えを見出したかのように吹っ切れた表情をしていたのだ。「……誰との二人三脚かな」動揺しつつも一応ツッコむとパッと笑顔を見せ、「わたしと安室さんです!」はっきりと言い切られた。


「ほら、俺は二人も面倒見る気はねーぞ」
「ご無用です!わたしはあくまで安室さんの助手ですから!」
「ま、待ってください毛利さん、」


 だめだ、流されるわけにはいかない。早く話をつけなければ。立ち塞がるを押しのけ、毛利探偵に耳打ちする。「授業料として事件一つにつき…」高めの額を提示すれば彼は飲んでいたコーヒーを勢いよく吹き出す。「マ、マジで?!」よし、食いついた。


「採用〜〜〜!!」
「えーーー?!!」
「これから私のことは先生と呼びなさい安室くん!」
「はい、毛利先生!」


 笑顔でビシッと敬礼をしてみせる。とりあえず土台はこれでよし。隣でまだ何か言いたげなが口を噤み、それからカウンターへ目線を動かしたのを見て、考えていることを何となく予想する。……また厄介なことになるらしい。
 止めたところで聞かないんだろうと思いながら彼女を二人席に案内する。なだめすかす意図も含め、昼食をご馳走してあげることにしよう。


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