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「で、あんた方探偵は何か心当たりはないのかね?」


 事情聴取は探偵の番になったようだ。初音さんと伴場さんがもめていたことや、彼女が自殺するほどの悩み事を抱えていたとか、そういうことがあるかという問いかけだった。顎に手を当て考えてみるも、特に思い当たることはない。サングラスの探偵も特にないらしく、伴場さんは彼女が男と密会してると聞いたときかなり動揺していたが、最近は彼女が誰かとこそこそ電話をしていたことのほうが気になっていたようだと話した。


「まあ、どーせこの男と連絡を取ってたんでしょうけどね」
「あ、いや…僕は彼女との連絡はメールでしてましたから…。外で会ったのもあなたが見た一度きりでしたし。ただ、彼女が顔を曇らせたことが一度だけありました」
「顔を曇らせた?」
「ええ。自分、探偵なんで彼のことを色々詳しく調べてたんですけど…うちのに、伴場さんが養子に引き取られるまで育てられていた教会に行かせたところ、あることを見つけてきまして」
「ん?ちょっと待ちたまえ、とは?」
「あっ、わたしです!」


 突然出た自分の名前にサッと手を挙げる。というか、今うちのって、うちのって言った!なんかどきどきするな!いいなうちのって!もっと言ってください!
 恰幅のいい刑事さん(目暮警部と呼ばれていた)とサングラスの探偵は驚いたようにわたしを凝視する。おおかた、ただのウェイターだと思っていたのだろう。


「なんだね君は?」
「安室さんの助手兼こい」
「ただの助手です」


 くっ、ここでも被せてくるか…!恨みがましく見上げるもさっきと同じように白けた視線を寄越される。「じょ、助手?」目暮警部たちには今度は変なものでも見るかのような目を向けられたけれど、そうですと自信満々に言い張ってみせた。そういえば親戚設定はいらないんだな。さすがに警察相手に嘘は良くないと思ったのだろうか。


「…まあそれはいいとして、何がわかったんだね?」


 気を取り直したらしい目暮警部の催促に安室さんが答える。ここまでくれば彼が何を話そうとしているのかわたしにもわかる。初音さんと伴場さんが、同じホテル火災で助け出され、二人とも身元不明で同じ教会で育てられていたということだ。「彼の方はすぐに里親に引き取られたようですが…」そういえば、初音さんがあとは自分で調べるって言ってたの、あれは何を調べようとしたのだろうか。今となっては答えてくれる人もいなかった。



◇◇



 とにもかくにも今は伴場さんのDNA鑑定の結果待ちだ。頬の内側から採取した粘膜のDNAとヘアブラシについていたという毛髪のDNAが一致したら、A=B=CからのA=Cで、伴場さんのDNA=付け爪に付着していた皮膚のDNAということになるらしい。伴場さんは一旦テーブル席に座ったものの、落ち着けていない様子だった。犯人だと疑われているんだから無理もないだろう。


「そこでおまえに尋ねるが…そのヘアブラシ、誰かに使わせたことはないか?」


 伴場さんと向かい合って座る毛利探偵が問いかける。なるほど、確かにヘアブラシについていた髪が伴場さんのものじゃなかったら、その髪の持ち主が本当の犯人になる。「使わせた?」「ホラ、友人がおまえん家に泊まりに来たときとか…」


「さあな…そんな覚えはねーけど。半年前から俺と初音は一緒に住んでたからよ。俺の留守中に初音が連れ込んだどっかの探偵が使ったのかもしれねーけどな」


 明らかに安室さんを疑るような目つきだ。この期に及んでまだ愛人疑惑を疑っているのかこの人は!「た、確かに僕は彼女に雇われた探偵ですけど、家に行ったことはありませんよ?」さすがの安室さんもたじたじである。


「その探偵っていうのも本当かどうか怪しいぜ。初音が死んじまった今、それを証明する奴はいなくなったし」
「……えっ、わたし助手なんですけど…」


 思わず口を挟んでしまった。なんで数に入れてもらえてないんだ?!少なくともわたしの存在って、安室さんが探偵で、依頼を受けてここにいるっていう証拠になるよね、あれ?


「どうだかなー。見たところ随分親しいみてーだし、口裏合わせろって言われて従ってるようにも見えるぜ」
「…確かに」
「君は納得しないでくれよ…」


 ご、ごめんなさい。ハタから見たらそう勘繰られても仕方ないかなと思ってしまった。安室さんに呆れられてしまったよ。いやいや、わたしは正真正銘の助手ですよと強く否定したものの伴場さんには響かなかったようだ。


「それに、俺が雇ったほうの探偵さんを撒いて尾行させなかったぐれーの切れ者なら、家に来たときに俺のヘアブラシから俺の髪を取り除いて、誰か別人の髪を仕込み俺に罪を着せるつもりだったかもしれねーしよ」
「あ、いや、僕にそんなスパイのような真似は…」
「まあ、それはないよ…」


 静かな物言いに振り返ると、目暮警部は携帯の通話を切り、ジャケットにしまっていた。


「たった今DNA鑑定の結果が出て、伴場さんのヘアブラシについていた毛髪は、伴場さんの髪だと断定されたからな…」
「マ、マジかよ?!」


 ……どうやらこれで事件解決らしい。こんな結末かあ、婚約者が犯人だなんて、なんだか遣る瀬ない…。安室さんもやはりと確信しているみたいだし、きっとそうなんだろう。嫉妬心からの殺意、かあ…。
 任意同行という名目のもと警察署に連れて行かれる伴場さんを目で追う。安室さんも神妙な顔でそれを見ていた。


「いいのか?伴場。本当に…」


「えっ?」出入り口の伴場さんとわたしの声が重なる。彼を呼び止めたのは毛利探偵だった。


「この店から出ちまってもいいのか?って聞いてんだ」
「しゃーねえだろ?こーなったら警察で無実なのをわかってもらうしか…」
「そうか…だったらおまえは…」


 うつむいて口元は見えない、このポーズはデパートジャックで植木鉢に寄りかかっていた、あれそっくりだ。ということは……。


「犯人じゃねえよ」


 眠りの小五郎のお出ましだ。


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