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 消防車が到着し消火活動がなされたあとは警察の仕事だった。もしかしたらとの淡い期待は容赦なく砕かれ、車の中から初音さんと見られる焼死体が発見された。店長への連絡は社員さんがやってくれていて、わたしと安室さんは会場のお客さんたちを落ち着かせる役割を命じられていた。といっても、大混乱が起きているわけでもなく、どちらかというと落ち着くべきなのはわたしのほうだった。安室さんはというとやっぱり冷静でいて、外の駐車場をじっと見ているようだった。


「え?!殺人?!自殺じゃなくて?」


 毛利探偵も交えた現場検証のあと戻ってきた刑事さんたちは、初音さんが亡くなったのは他殺と見ていた。なんでも車のそばにネイルサロンでつけてもらったと見られる付け爪が落ちていたらしく、そこにはわずかに皮膚が付着していたのだという。ということはその皮膚は彼女が車のそばで誰かと争ったときに付着した犯人の皮膚である可能性が高い、らしい。


「だ、誰だ?!誰が初音を殺ったんだよ?!」


 伴場さんの気持ちがたかぶるのは当然だ、目の前で婚約者が、亡くなってしまったのだ。思わずうつむく。二時間前、わたしと目を合わせてウインクした彼女を思い出す。……初音さんが、死んでしまった。


「な、何言ってんだ?!お、俺が初音を殺したっていうのかよ?!」
「あ、いえ…まだピッタリ一致したわけじゃないので、できればあなたの承諾を得て正確に鑑定したいんですが…」


 顔を上げると恰幅のいい刑事さんに伴場さんが詰め寄り、細身の刑事さんがなだめるようにそんなことを言っていた。伴場さんが犯人?そんなまさか、と思いたい。だって婚約者だよ。


「落ち着けよ伴場、おまえはやってないんだろ?」
「あ、当たり前だ!」
「でも、彼女に抵抗されて引っ掻かれた傷をごまかすために、わざと僕に殴りかかって怪我をしたって場合も考えられますよね」


 あっ?!思わず口をあんぐり開け見上げる。隣にいた安室さんが、突然口を挟んだのだ。いや、安室さんは探偵だし事件が起きたら解決しようとするだろうけど、ちょっと落ち着いてゆっくりさせてもらわないと目まぐるしい展開についていけない。


「フン…よく言うぜ…愛しい女が誰かの物になっちまう前に殺したんじゃねえのか?ウェイターさんよ」
「え?」


 今度はサングラスの探偵が入ってきた。ぎょっとするわたしは彼らをきょろきょろ見るしかできない。


「ど、どういうことかね?」
「自分で言わねえんなら俺が言ってやるよ!こいつはなあ、初音とコソコソ密会してた……愛人なんだよ!!」


 ここでその話?!伴場さんにビシッと指をさされた安室さんをまん丸の目で見上げる。てっきりあとで初音さんを交えた修羅場になると想像してたのに、まさか警察の前でそれを言われるとは。「そ、そうなのかね?!」恰幅のいい刑事さんが安室さんに確認を求める。すると、安室さんは臆することもなく、ふっと笑って伊達眼鏡に手をかけた。


「そりゃー会ってましたよ…。なにしろ僕は彼女に雇われていた、プライベートアイ…探偵ですから」


 こんな緊急事態だけど、眼鏡を外してみせた安室さんがかっこいいと思うのは許してほしい。



◇◇



 自らを探偵だと暴露した安室さんはそれから、驚く彼らに様々なことを話した。自分がアルバイトとして採用された店をパーティ会場に選んでもらったこと、伴場さんの身辺調査が依頼内容だったこと、途中経過の報告のため初音さんと会っていたのをサングラスの男に目撃されたこと、その彼も探偵であり、同じような依頼内容で伴場さんに雇われていただろうこと。少なくともサングラスの男の件は本人も認めたことから証明された。相手のほうは、安室さんが探偵だと気付いていなかったけれど。


「で、でも彼女が謎の男と会っているってことを知ってて結婚しようとしてたんですか?」
「普通本人に確かめるだろ?」


 細身の刑事さんと毛利探偵のもっともな意見に伴場さんは、その密会以来男とは会ってないとサングラスの探偵が言っていたことに加え、探偵を雇って調べていたことが後ろめたく、本人には聞けなかったと答えた。お互い養子だということまで打ち明けた仲だったから余計に、と。実際は、お互い探偵を雇っていたのでおあいこだろう。「俺に依頼してくれりゃあこんな優男、探偵だってすぐに突き止めてやったのによ」毛利探偵が安室さんを横目に言うが、いくら眠りの小五郎といえどもそれは至難の技でしょうよ!と内心ふんぞり返る。一方安室さんは、何て返すべきか迷ったのか、困ったように笑っていた。


「頼めるかよ!おまえは有名で顔バレしてるし…あとで彼女に紹介するつもりだったんだしよ…」
「でもなあ…俺に任せてりゃ彼女も自殺なんてしなかったと思うぞ?彼女が車の中で火をつけた原因は、この店でのおまえのご乱行を、この男が彼女に電話でチクッたからかも知れねーんだからな」
「ぼ、僕はそんな電話してませんよ!それに酔ってじゃれついてた程度でしたし、あれを電話で聞いたとしても、とても自殺するとは…」


 安室さんは嘘を言ってない。さっき同じことを聞いた。口を挟む必要も隙もなく黙るわたしは、それから伴場さんや刑事さんの話に耳を傾ける。わかったこととしては、伴場さんと初音さんの最後の電話と110番通報された時刻との間に三十分近く時間差があること、本来燃えにくいはずの車が勢いよく燃えたのは車内にあったスプレー缶や紙類に引火したのが原因であること、それらは伴場さんと初音さんがサプライズで車をデコレーションして結婚式場に乗り込むために用意したものだったこと、伴場さんは先ほどメールで初音さんがこの店に戻ってくる時間を知らされていたということがあった。
 伴場さんと話す刑事さんはさっきから何か確信しているような口ぶりだ。「つまりあなたなら店をこっそり抜け出し、駐車場で彼女を気絶させ、車に押し込んで焼殺できたということですよ!」その台詞にハッとする。た、確かに条件が揃いすぎてる。そして決め手とでもいうように、さっき鑑定がどうとか言っていたのはDNAの話らしく、彼女の付け爪に付着していた皮膚のDNAと、伴場さんの旅行用のトランクケースに入っていたヘアブラシについていた毛髪のDNAがほぼ一致したのだという。


「ほぼということは、その皮膚が先程まで降っていた雨や泥などで汚染され、完全なデータが取れなかったためだと思いますが…。血縁者じゃない限り、ゲノム…つまり遺伝子情報のほぼ一致はまずありえないことを踏まえると」


 安室さんの台詞にふと、そういえば雨はやんだのかと外に目を向ける。人が多くてよく見えず、そこから少しだけ移動した。「そのDNAは同じ人物のDNAと考えた方が自然ですけどね」窓ガラスは濡れているし暗くてよくわからないけど、まだパラパラと降っているみたいだ。でも最初ここに来たときよりは風も収まってきて、


「な、何だとてめェ?!」


 え。伴場さんの怒声に振り向くも、丁度安室さんの真後ろに移動していたため見えなかった。が、次の瞬間安室さんが素早く左に動いた。「?!」「ぐえっ」伴場さんの拳はわたしの頭上を空振り、勢い余って体当たりをしてきた彼と倒れ込んだ。本日二度目の転倒である。


「なっ…?!」


 一番驚いているのはよけた安室さんだった。どうやらわたしが真後ろにいたことに気付いていなかったらしい。確かに変なタイミングで動いたと思う。単純に間が悪かった。すぐにどいた伴場さんは申し訳なさそうにわたしを一瞥したあと、悔しそうに舌打ちした。


「くっそ…」
「も、毛利さん彼の足を押さえて!また殴りかかって来られたら…」
「んな必要ねーよ」


 毛利さんは伴場さんの元へ歩み寄ると、向かい合ってしゃがみ、なだめすかしたあとDNA鑑定を受けるよう説得していた。仕方のなさそうに承諾し、刑事さんに誘導されていく伴場さん。彼を目で追いながら立ち上がると、そばの安室さんになぜか謝られてしまった。


「ごめん、大丈夫だったかい?」
「え、あ、わたしこそ……大丈夫です」


 安室さんは悪くないぞ。気を遣わせてしまって申し訳ない…。思いながらうつむく。


「そ、それより、本当に伴場さんが初音さんを殺したんですか…?」


 居た堪れず話を本題に戻した。視線だけで安室さんをうかがうと、彼はわずかに目を見開いていた。しかしすぐに真剣な表情に戻ったので、見間違いかもしれない。


「現状、それが一番自然な考えだと思うよ」
「そうですか…」
「…何かおかしなところでも?」
「いや、だって伴場さん、婚約者なのに」
「嫉妬心から殺意が芽生えることは、いくらでもあると思うけど」


 確かにそうだ。今までだってそんな殺人動機はドラマのストーリーで何度も見てきた。でも、少しでも知っている人のそれを認めてしまうのは少し納得し難い。幸せそうな二人を見ていたから余計に。


「まあ、彼が犯人でない決定的な証拠が出てくれば、話は別だけどね」


 さっきから安室さんの声から感情が読み取れない。起伏を上からすっぽり覆い被して平坦にしているみたいだ。顔を上げてうかがうけれど、遠くの伴場さんを見据える彼の瞳は、やはり何も映していなかった。


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