19 「店内から駐車場に繋がるドアは後ろにあるけど、今日は大雨で風も強いから締め切るだろうね。外に出るには正面の入り口だけ。やろうと思えばトイレの小窓から出られるけど、この雨なら大きな水溜りができているはずだし靴が汚れてすぐにわかるよ」 伴場さんが女の人と抜け出したり、外で会ったりするつもりだったらという話だ。そんなことまで考えてお店を見ていたとは知らなんだ。一応わたしも女子トイレを覗いてみると、確かに男子トイレと同じく外に繋がる窓があった。 「でも、パーティ中に抜け出すとは思えないんですが……伴場さんは今日の主役ですよ?すぐバレちゃいません?」 「バレない方法はいくらでも考えられるけど、まあ、そうだね。僕もそんな危ない橋を渡るとは思ってないよ。あくまで可能性の話だから」 そんな話をしながら、まだ誰もいない会場のテーブルにオードブルを並べていく。どうやら会場で動くウェイターはわたしと安室さんを含め三人らしく、もう一人の女性は社員さんらしい。約三十人程度の参加者に対して少ないんじゃないかと思うけれど、社員さんは若いながらベテランらしいし、安室さんは出勤した数回で飲み込みの早さと手際の良さを認められてお店の人からの信頼も厚い。その二人がいれば十分回せる計算らしかった。わたしはキッチンスタッフとして入る予定だったので戦力の勘定に入ってないだろうし。確かにパーティは、あらかじめ軽食を人数分テーブルに置いておき、ビールやソフトドリンクも会場に並べて好きに飲むスタイルらしいので、ウェイターがやることはそこまで多くないのだそうだ。軽食の取り換えやデザート、会場にないウイスキーやカクテルの注文を受けるくらいだと言っていた。 主催者である初音さんと伴場さんや参加者の人たちがやってくる時間となり、正面の入り口で彼らを出迎える。二人の顔は写真で確認していたし、最初に二人仲良くやってきたのですぐにわかった。 彼女は伊達眼鏡をかけた安室さんに気がつくと、隣にいるわたしともアイコンタクトをし、伴場さんにバレないようにウインクで合図をしてみせた。大好きな人と一緒でとっても幸せそうなのがわかる。探偵に依頼こそしてるけど、本当は伴場さんが浮気なんてしてないって信じてるんじゃないかなあ。 それから、次第に参加者が揃う中、名探偵の毛利小五郎の姿が見え思わず反応してしまいそうになったのを安室さんに押さえられた。いかんいかん、今は仕事中だ。 「頼太くん!初音さん!結婚おめでと〜!!」 パンパンとあちこちでクラッカーが鳴る。パーティの始まりだ。初音さんは肩を組む伴場さんに寄り添い笑顔を浮かべている。いいなあ幸せそうだなあ、わたしも安室さんと結婚するときにはぜひとも前夜祭を開こう。 ねえ安室さん、とにこにこしながら隣にいる彼を見上げると、なんと安室さんの姿が消えていた。あれっと驚いて辺りを見回すと、従業員出入り口から彼が戻ってくる。その手の上には、トレーに乗せられたチョコレートケーキがあった。……ああ! 「もう行くんですか!」 「最初にやっておかないと意味がないからね」 今日の我々の任務は伴場さんの監視だけでなく、浮気を未然に防止することも含まれている。伴場さんが他の女性に言い寄られないために、彼のズボンをケーキで汚すのだ。運んできたケーキをわざと伴場さんのズボンに落とす作戦である。もともとこれは初音さんからのお願いだったので、彼女は知っている。 じゃ、と空いているほうの手を挙げ伴場さんと初音さんが座るテーブルへ向かう安室さん。ちょっとわたしも行きたかったなあ。なにせ彼らの向かいには今、あの毛利小五郎一家が座っているのだ。どうしても気になってしまう。 ガチャンと皿がテーブルにぶつかる音。安室さんの手から滑り落ちたそれは芸術的な跳ね返りを見せ、チョコレートケーキは伴場さんのズボンにべとっとついたのだった。お見事! 「お、おい?!」 「す、すみません!」 「ったく……ズボンにもベットリだ」 「あらー、ケーキ踏んじゃってるわよ?!」 ついでにぼろっと落ちたそれを伴場さんは踏んづけてしまったらしい。二次災害は想定外だったけれど、まあ問題はないだろう。問題は一次災害ですでに起きてるわけだし。 「本当にすみません…。自分、ここのバイト今日が初日で…」 「大丈夫!それよりスボンを拭くおしぼりとか持ってきてくれる?」 「は、はい、ただ今!」 安室さん、嘘も上手だ。パッと見、まだ慣れてない新人のアルバイトさんにしか見えない。今日が初日なんて真っ赤な嘘だけれど、社員さんは今は会場にいないのでバレることはないだろう。こちらに戻ってきた安室さんにあらかじめ用意しておいたおしぼりやタオルを渡す。 「素晴らしい演技力ですね!」 「探偵をやってると何かと身につくんだよ」 にこりと笑う安室さんのふてぶてしさたるや。やはり名探偵安室透はただ者じゃない…! |