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「やったーーー!」


 ソファに座ったまま手足をぐっと伸ばす。喜びのポーズを全身で表現していると、タイミングよく安室さんがお馴染みのトレーを運んできたので、片手に持った携帯の画面を消して駆け寄った。


「受かりましたよ安室さん!」
「聞こえてたよ。よかったね」


 笑いかけてくれる安室さんに元気よくはい!と頷き、テーブルに置いたトレーから二人分のティーカップを向かい合わせで並べる。「いつになく嬉しそうだね」そんなに顔に出ていたのか、言われて頬に手をやる。確かにいつも以上に緩んでるかもしれない。でも仕方ないでしょう!


「潜入捜査なんて初めてで、もうわくわくしてしまって!」


 それには苦笑いする安室さん。「ただの監視だよ」そうだけど、そうじゃないのだ。
 今受けている探偵の依頼内容は、結婚を控えた加門初音さんの婚約者である伴場頼太さんの動向監視だ。なんでも彼、かなりの浮気性らしく、他に女の影がないか調べて見張ってほしいとのこと。その最後の仕事として、今度の土曜日、結婚式の前夜祭として開かれるウェディングパーティにわたしと安室さんがウェイターとして潜入し、彼の監視をするよう頼まれたのだった。
 ところがなんと安室さん、潜り込むのは自分だけでいいと言ってさっさと手頃なパーティ会場にアルバイトの申し込みをし、さっさと一人で採用され、さっさと初音さんにパーティ会場をそこにするよう連絡をしてしまったのだ。完全に置いてかれたわたしはしかしそうは問屋がおろさんと血気盛んに店に申し込みをし、面接を受け見事今日、採用の電話をもらったというわけである!本当によかった。じゃなかったらわたし、土曜は一人家でお留守番するところだったよ。いや、それはさみしいから会場の外で張り込んでいたかもしれない。
 安室さんの独断専行っぷりには散々恨み言を垂れた。それを思い出したのだろう、いつものように向かいに座った安室さんは苦笑いのままコーヒーに口をつけていた。


「そうだ。君が調べてくれた件、初音さんに伝えておいたよ」
「あ、どうでした?」
「驚いてはいたな。さすがに予想外だったんだろう」
「そりゃあそうですよね…」


 依頼を受けてすぐ、安室さんは伴場さんの監視を始め、わたしは彼の素性を調べ出した。といっても主なものは安室さんがやってくれたので、わたしの仕事といえば安室さんが手を離せないときにちょっと足を伸ばして調べておくくらいだった。初音さんとのやりとりはメールで行われているらしく、彼女から聞いた伴場さんのパーソナルデータを元に彼と他の女性が繋がりを持つ機会がありそうなところを調べていたのだ。
 彼女からの情報で、伴場さんと初音さんが二人とも養子であることや、誕生日や血液型もぴったり同じであることを知った。そしてどんな手段を使ったのか、安室さんは伴場さんが里親に引き取られるまで育てられていた教会を突き止め、その教会に行くようわたしに指示した。伴場さんの里親の親戚を装い訪問し、結婚式で使うビデオレターとしてちょっとと適当なことを言いながら上手く彼の話を聞き出すことができた。
 話の流れで同年代の子の話題になり、教会の人が何気なく名簿のファイルを開いたところで、思わず目を丸くしてしまった。そこにはなんと、加門初音さんの名前があったのだ。
 食いついて話を聞いたところによると、彼女と伴場さんは同じホテル火災で助け出された二人で、身元不明のままこの教会で育てられていたのだそうだ。まさか二人にそんな繋がりがあったとは。とはいえ当時赤子だった二人のうち伴場さんのほうはすぐに里親に引き取られたため、二人に面識はないだろうとのこと。そりゃあそうだろう、もし知り合いだったら初音さんからすでに聞いているはずだ。でも彼女はそんなこと一言も言っていなかった。ただ、伴場さんも自分と同じ養子なのだということだけだった。
 このことを安室さんは、この間初音さんと初めて会った際に伝えたらしい。ちなみにわたしも同席したかったのだけれど、大学の講義と被っていてやむなく欠席した。


「あとは自分で調べるって言ってたから、素性調査はこのくらいでいいよ」
「はーい」


 とにかく、安室さんの役に立ったのならいい。パーティの準備も着々と整っているようだし、あとは当日の仕事を頑張るのみだ。ウェイターの仕事をしつつ、探偵の仕事もする。二刀流は難しそうだけど、もともとアルバイトで飲食店の給仕をしているから同じ要領だろう。楽しみだ。


、前に眠りの小五郎を見たって言ったよね」
「はい、デパートジャックのとき事件を解いてました」
「その名探偵と伴場さんが高校生時代の級友らしくてね。来るみたいだよ、前夜祭に」
「へー…!じゃあ同業者としてご挨拶にでも伺いますか!」
「まあ、仕事が終わったら挨拶はしたいね。彼の推理力は噂通りらしいし、学ぶことも多そうだ」
「安室さんは今でも十分名探偵ですよー!」


 ありがとうと笑う安室さんは、何かを考えているように見えた。どうやら本当に眠りの小五郎を一目置いているらしい。確かにあのときの彼はすごかったけど、今まで見てきた限り安室さんの探偵としての鋭さもわたしの折り紙付きだから、そんなに差を感じることはないと思うけどなあ。
 テーブルに置かれた、初音さんからもらったらしい前夜祭の出席者リストを眺める。毛利小五郎の横には同伴者2名と書いてあった。「そういえば初音さんと会ったときのことなんだけど、」安室さんの話に耳を傾けながら、米花百貨店で出会った娘さんと少年の顔をぼんやりと思い出していた。


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