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 一人で来たお客さんに課された仕事は、ガムテープを使い連れや知り合いがいるお客さんの目と口を塞ぐのと、その両手を後ろで縛ることだった。七、八人の男女が手分けしてその作業を実行していくのを、わたしは依然縮こまりながら見ていた。本当だったらその役目、わたしもやらなきゃいけなかったのに、逃げてすみません…。罪悪感に襲われながら、回ってきた自分の番におとなしくガムテープを貼られ、視界はゼロになる。隣の隣で外人さんがトイレに行きたいと申し出て誘導されていったようだけれど、本当に肝が据わってるとしか言えないよ。

 それからしばらくしたけれど、外人さんが戻ってきた気配はなかった。ガムテープはわたしたちと同じように貼られているわけだから彼女独特の話し声が聞こえないのは当然で、だとしたらわたしがわからないだけですでに戻ってきているのかもしれない。さっきから犯人グループの話し声も聞こえているけれど、ガムテープを伸ばしたり貼る音と混ざって言葉としては聞き取れなかった。
 それもやがて止んだ。全員のお客さんにガムテープを貼り終えたのだろう。静まり返った室内で、離れたところから支店長の小さな声が聞こえた。それから、犯人の怒鳴り声。


「おいおいそれっぽっちかよ!もっとデケェ金庫にたんまり入ってんじゃねえのか?!なんなら爆弾で吹っ飛ばしちまってもいいんだぞ?」


 爆弾、なんてあるのか。確かにドラマでそういう展開も見たことある気がする。それに、犯人が逃げるため人質を取って、爆発させるぞって警察に脅すためにも使われてた。拳銃だけで充分なはずなのに用意周到な強盗犯だ。


「よし、連れや知り合いがいない奴ら、こっち来てガムテープで自分の目と口を塞げ!」
「両手は俺らが縛ってやるからよォ!」


 とうとう一人で来たお客さんも縛られてしまう。「うおああっ!」すると突然、男の人の叫び声があがった。お客さんたちがざわめきだす。い、今の声、支店長のじゃなかったか…?何があったのか確認したいけれど目が塞がっているから見ることもできない。不安ばかりが募り犯人にばれないよう両手のガムテープを破ろうとさっきからもがいているけれど、もちろん破れる気配はなかった。
 それからは犯人同士でのやりとりの声が遠くから聞こえてくるだけで、何を話しているかは聞き取りづらくほとんどわからなかった。わたしたちの近くにいるのではないことだけはわかるけれど、何か物音も聞こえるし、一体何をしているのだろう。


「クソッ!こうなったら金庫ごと吹っ飛ばしてやる!野郎ども手伝え!」


 犯人の大声がはっきりと耳に届く。き、金庫を爆発させるの…?!周りのお客さんたちも怯えているのが気配でわかる。隣の男の人も何やら身じろぎしているみたいだ。それから足音と何かを転がす音が聞こえ、それが遠ざかっていったと思ったら、

 ドガン!!

 銃声の比じゃないくらい大きな規模の爆発音が響いた。反射的に身を縮めたけれど、すぐにあれ?と思う。爆発音がしたのはどう考えてもこの部屋じゃなかったし、遠くてくぐもって聞こえたのだ。金庫ってここにあるんじゃなかったのか…?


「よーし、次は全員立って、俺の声がするほうにゆっくりと歩いてきてもらおうか!」


 考える間もなく、再び犯人からの指示が出される。声のしたほう、て、あっちでいいのかな…。なにぶん目が塞がれていると方向感覚にも自信がなくなってくるのだ。「いいか、ゆっくりとだぞ!前の奴に蹴つまずくんじゃねえぞ!」立ち上がり、とりあえず歩き出す。多分、トイレに行く入り口のほうだ。何歩か歩いても誰にもぶつからないでいるからきっと合ってる。それで、次はどうしろって言われるんだろう…。
 ふと、後ろで子供の声が聞こえた気がした。気のせいだろうか、立ち止まって振り返るけれど、もちろん何も見えない。


「おい!そこのガキども!こいつの首へし折られたくなかったらカウンターに行って拳銃持ってこい!」


 やっぱりいるんだ!しかも知らないうちに何やら修羅場だ。子供が巻き込まれてる、どうしよう…!

 慌てふためいて見えない視界の中きょろきょろとしていると、突然、すぐ近くで発砲音が聞こえた。びくっと硬直する。今日だけで三回目の銃声だ。でも今までで一番大きく聞こえた。本当にすぐそばだった。――近くに犯人がいる?!
 大混乱はそれをきっかけに生じた。お客さんが皆、銃声に怯えて逃げ惑いだしたのだ。固まっていたわたしは周りの人たちの動きを読むことができず、何人もの人にぶつかられることとなった。に、逃げないと、もしここで転んだりしたら確実に人に轢かれる…!恐怖を直感し背筋が凍る。でも今、どう動けばいいのかわからない。
 足音で忙しない聴覚をフル稼働させながらおそるおそる一歩踏み出したところで、後ろから思いっきり体当たりをされた。両手を塞がれているわたしは、そのままあえなく倒れる、はずだった。


(え?)


 よろめいた身体を、誰かに受け止められたのだ。そのまま体勢を直され、腕を引かれどこかに連れて行かれる。何度か人にぶつかったけれど、その人が引っ張ってくれていたおかげでこけたりすることはなかった。
 少し歩いたところで見えないその人が立ち止まると、今度はわたしの肩を押した。「、!」それでようやく、わたしのすぐ後ろが壁であることに気が付いた。なんとなくの高さで顔を上げるけれど、肩から手が離れた瞬間にその人の気配は感じられなくなってしまった。……もしかして、今の人、わたしを助けてくれたのか?


 そのまま壁に寄り掛かって立っているとすぐに機動隊が突入してきたらしく、強盗犯はあっという間に捕まった。隊員の人にガムテープを外してもらい外に出ると、警察官やマスコミの取材陣や野次馬で人が溢れ返っていた。目の当たりにして、思わずぽかんとしてしまう。そ、そりゃそうだよなあ〜…銀行強盗だよ、銀行強盗。自分でもよくわかっていないまま気持ちを納得させながら、警察官の指示に従って事情聴取を受けた。本当に怖かった。夢だったんじゃないかって、ちょっと思う。けれど目や口がまだひりひりするのも、縛られていた両手首が赤いのも、現実であることの証拠だった。

 空はどんよりと暗く、まだ雪が降り続いていた。事情聴取は済んだけれどまさか今からお買い物に戻る気力もなければ喫茶店に入る余裕もない。もう帰ろう…。ポシェットのショルダー部分をぎゅうと握り、はあと疲労の溜め息をつく。何度かマスコミのインタビューを申し込まれたけれど、今となっては記憶が曖昧でろくに話せる気もしなかったので全部断った。これ、ニュースとかに映ったりするのかな。テレビ初出演がこんなのって嫌だな……。
 人知れず苦笑いをこぼし、帰路につこうとしたところで、先ほど返却された携帯が振動しているのに気がついた。ポシェットを開け、取り出す。「……」着信画面を見た瞬間、一気に破顔してしまう。


『もしもし、?』
「あむろさん〜〜…」


 安室さんだあー…。このタイミングで安室さんの声が聞けるのはとってもついていた。さっき見たときは着信通知は来てなかったから、本当にグッドタイミングだ。通じ合ってる、わたしと安室さんはやっぱり、『ニュース見たら銀行強盗の中継にが映っててびっくりしたよ。無事みたいでよかった』……どうやらほんとにテレビに映ってしまってたらしい。ああ、わたしの記念すべき初出演が…。


「そうなんです、さっきまで銀行強盗に人質に取られてて」
『わざわざあのていと銀行に引き出しに行ったのかい?』
「あ、いえ、その前に米花百貨店でお買い物してて、お金がなかったので下ろしに行ってたんです」
『そっか、タイミングが悪かったね』
「う、そうですね…」


「……あの、今から安室さん家行っていいですか!」家に帰っても一人で心細い。思い切って聞いてみると、『え…っと』と案の定渋られた。いつものことだ。なのでわたしは、バイトのシフトの件で相談したいという、助手として至極もっともな理由をつけて頼む戦法に出た。そうしてやっと、苦笑いと共に了承の返事が聞けたのだった。


『いいけど、今からお風呂入るからゆっくり来てくれるかい?』
「はい!じゃあどこかでお茶菓子買って行きますね!」
『ハハ、了解。……元気みたいでよかったよ』


 それは、安室さんが電話をくれたからですよ!言う前に、じゃ、と通話を切られてしまい伝えることは叶わなかった。携帯をしまい、さっきとは打って変わって軽い足取りで歩き出す。安室さんに会えると思うだけでこれだ、わたしは案外簡単な女なのかもしれない。でも、それだけの力が安室さんにあるのだと胸を張れた。

 それにしても、まだ五時くらいなのにお風呂って早いなあ。やっぱりジム帰りだったのだろうか。普段安室さんはそんな早くお風呂に入ってないはずだし、それ以外でこの時間に入る意味なんてないよなあ。


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