133 帰ろう。収穫どころか損失しかなかった気分で、重い足取りで店を離れる。ふと、敷地内の歩道を歩く男の子の背中を捉えた。スケートボードを脇に抱える後ろ姿には見覚えがあった。思わず呼びかける。 「コナンくん?」 「! ……さん」 やっぱりコナンくんだ。暗い色で縁取られた黄色のボディのスケートボードは初めて見たけれど、そういえば博士の発明にスケボーがあるとこの間聞いたばかりだ。これのことかはわからないけれど、スケボーって運動神経がよくないと乗りこなせないイメージがあるので、こんなところまで持ち込むほど使いこなしているコナンくんに舌を巻いてしまう。 「お買い物してたの?蘭ちゃんもいる?」 「あ、ううん!たまたま通りがかったから、どんなお店なんだろうなーって周りを歩いてたんだ!」 「そうなんだね」 近くに蘭ちゃんの姿がないので、たとえ会員証があってもコナンくん一人ではお店に入れないだろう。買ったものを持っている様子もないので彼の言うことは納得できた。 「さんはお買い物?」 「うん、そうだよー。欲しいものがあって」 「……なかったんだけど」自分から口にして泣きそうになる。鼻の奥がツンと痛んだことに気付かないふりをして、努めて笑顔を繕う。一瞬迷ったけれど、一緒に帰ろうとお誘いすればコナンくんはうん!と笑顔で応えてくれた。隣に並んで、二人でお店の敷地を後にする。 「毛利さんのこと、何か進展あった?」 「うん……公判前――あ、えっと、何か裁判の手続きを明日の午後にやるって、境子先生が話してたよ」 「裁判…」 本当に、裁判するのか。毛利さんの無実はまだ証明されないのか。何もしてない奴が文句を言える資格などあるわけがなく、申し訳なさに居た堪れなくなる。明日は一日空いてるため、その手続きが終わったら合流したいという申し出をすると、コナンくんは頷き、蘭姉ちゃんに伝えておくねと返した。 「…そうだ。今日安室さんと警視庁で会ったよ」 「え、」 「安室さん、小五郎のおじさんに差し入れを持ってきたみたいなんだ。でもおじさんは警視庁にはいなくて、渡せなかったんだけど」 「そうなんだ……やっぱり安室さんも毛利さんのこと、心配してるんだねえ…」 口から出てくる言葉のなんとよそよそしいことか。最近知り合った人のことみたいに距離を感じる。 でも、間違っていないのかもしれない。わたしは安室さんのこと、全然わかっていなかった。すきな人がいることにも気付けなかった。安室さんも決してわたしを近くに置いている気なんてなかったのだろう。ずっと勘違いをしていた。勘違いをしたまま、わたしは楽しかったけど、安室さんはちっとも楽しくなかった。だから今こんなことになっている。 「ごめん、わたしも会ったんだけど、何も聞けなかったんだ…」 「さん、本当に安室さんと何があったの?」 「……実は、ふられてしまって。あはは……」 笑顔を作っていた顔が、口に出した途端堪えきれず歪む。まさか随分年下なコナンくんの前で泣き出すわけにもいかず、不細工ながらもぎゅっと押しとどめた。 諦めないといけない。安室さんの近くにいることはきっともう叶わない。会話もしたくないというのなら、ポアロを辞めることも考えないと。辞めたくない。いろんな人と知り合えた場所だから惜しい。 何より惜しいのは、ただただ、安室さんのことだけれど。 「そう、なんだね……」 コナンくんは問い詰めることはせず、そのあとは、タクシーを拾って二人で帰った。車内での会話はなく、ずっと悲愴感に襲われていたわたしにとってはありがたくて仕方がなかった。 コナンくんを送り届け、自分の家に到着する。とぼとぼとマンションの階段を登っていく。 梓さんが安室さんをどう思っているのかわからないけれど、安室さんに本気のアプローチをされたらすきにならない人はいないと思う。だからいつかは、そういう日が来るのだろう。未来は決まったも同然だ。いいなあ梓さん。安室さんにすきになってもらえていいなあ。 わたし、これから何をすれば挽回できるのかわからない。できるとも思えない。安室さんがわたしのことを嫌いになっただけならまだしも、安室さんは別の人を見ているのだ。自分が何かしたところで彼がすきな人から目を逸らす理由になるだろうか。その人に勝てる自信もないというのに。 梓さん、優しくて、美人で、頼りになる。大好きだ。わたしだってすごくすきだもの。安室さんは結局のところ、わたしに優しくて親切だったけれど、特別だとは思っていなかったんだ。わたしだって、安室さんに梓さんより特別に思われる理由なんて、なんて……。 ひとつしかない。 |