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 どうにもエアコンの調子が悪いので、メンテナンスのため本日ポアロは夕方の五時で閉店するらしい。出勤一番にマスターから告げられた事務連絡に了承し、壁に備え付けられているエアコンを見上げる。今は点いておらず、吹き出し口は閉じている。ここ最近の気候は暖かくも寒くもないので最悪空調が動いていなくてもいいと思うけれど、お客さんが多いとどうしても熱気がこもるため換気的な意味合いで点ける必要があるのだろう。給湯器も古くて不便をしているという声もあったので、ポアロは今がいろいろと替え時なのかもしれない。
 続いて壁掛け時計へ目線を移す。もう少しで勤務開始の午後一時を回るところだ。終業まではあと四時間。クローズまで入る予定だったので思いがけず時間ができてしまいそうだ。今日のシフトでは、マスターと梓さんがオープンから入っていて、午後から梓さんと入れ替わりでわたしと安室さんが入ることになっている。いつもなら夕食を従業員控え室で食べるのだけど、夕方までの勤務となると家で食べることになるだろう。すっかり慣れたこのお店の控え室は居心地がよく、近頃ではより良い空間にするため梓さんと相談しながら私物やインテリアを持ち込んだりしている。そんなこともあり、控え室で食事を摂ることは結構すきだったりする。何より、せっかく安室さんと一緒に働けるシフトなのだ。残念に思ってしまうなあ。

 そうだ、安室さんをデートに誘おう!

 名案だ。安室さんもわたしと同じく急に空き時間ができるわけだから、暇するに違いない。どうも安室さん、この連休はプライベートが多忙らしくシフトをあまり入れていない。反対にわたしは大学もないし探偵の助手の仕事があるわけでもないためシフトを結構入れたので、安室さんとはバイトで会えないとまったく会えないのだ。
 完全に休みが被ってるのは、来月の五月一日だけだ。その日の安室さんの予定はまだ聞けていないけれど、時間が合えばデートに誘いたいと思っている。


「すみませーん」
「はい!」


 窓際のテーブル席に座るお客さんに呼ばれ早歩きで近づく。「アイスティーとケーキを二つずつお願いします」二人組の女性のお客さんから注文を聞き取り、かしこまりましたと応答する。ケーキとは、安室さん特製の半熟ケーキだ。連日大人気で、安室さんがいない日に夕方まで残っていることはまだ見たことがない。休日の今日もたくさん出そうだけど、閉店時間のこともあるから追加で作ったりはしないだろうな。カウンターへ戻り、皿とフォークを用意しながら考える。ケーキストッカーを開ければバットにスポンジが並べて保存されている。クリームとフルーツは冷蔵庫の中。まだ数日と経ってはいなくとも何度も行った作業工程を反芻させながら盛り付けていく。「アイスティーでよかった?」「はい!お願いします」梓さんがドリンクのフォローに入ってくれたため、サーブに時間はかからなかった。再びお客さんの元から下がり、キッチン台を片付ける。

(あれ?)

 ふと顔を上げる。壁に掛かった時計を見ると、とうに一時は過ぎていた。


ちゃん、あとは頼んでいい?」
「あっ、はい。大丈夫です。……あの、安室さんって来てますか?」


 つい勤務を終えあがろうとする梓さんを呼び止めてしまう。申し訳なく思いながらも、一番早く答えを得られそうな手段をとってしまった。マスターはさっき顔を見たきりで、おそらく控え室で事務作業をしているのだと思う。だから、梓さんに聞くのが一番早かった。
 案の定梓さんは、ああ、と思い出したかのように声にし、店内をうかがうように目配せしながらこちらへ近づいた。


「ちょっと遅れるって、さっき連絡があったみたいよ」
「そうなんですか…」
「一時間くらいって。マスターに、こっちに来るよう声をかけておくわね」
「いやっ、一人で大丈夫です…!でも何かあったら助けを求めますと伝えてもらえるとありがたいです!」
「ええ、わかったわ」


 微笑む梓さんに肩をすくませはにかむ。フードメニューを習得したわたしにもはや怖い注文などない。けれどイレギュラーにはいつまで経っても弱いので、いざとなればマスターに泣きつくだろう。マスターだけじゃなく梓さんも安室さんも、この店で起きるハプニングにとことん強いのでとても頼りになるのだ。わたしが一人でお店を回せる日は来ないだろうな。まあ、鍵も任せてもらえない学生バイト風情が何言ってんだって感じかあ。
 梓さんが控え室へ消えていくのを横目に、店内に気を配る。席はほとんど埋まっており、カウンター席が二つ空いているのみだ。全組が注文を済ませているため、当分一人で何とかなるだろう。ふと思い立ち、カウンターからレジ横のブラックボードを覗き込むと、思ったとおり午後五時で閉店する旨のお知らせが掲示されていた。

 安室さん、遅刻するって、何かあったのかな。こういうことは初めてではないけれど。わたしは直接見たことないけど、今までも早引きとか体調不良でお休みすることもあったって聞くし、探偵の依頼を受けている期間は急遽シフトを外してもらうこともあるから、ポアロは本当に融通を効かせてくれている。
 でも少なくとも、今回は探偵の仕事が理由ではない。わたし何も聞いてないもの。お出かけした先でトラブルが起きてしまったのかな。具合が悪いとか、事故に遭ったとかじゃなければいいな。エプロンの下のポケットを確認するも、携帯に安室さんからの連絡はない。安室さんはプライベートなことでわたしを頼ることがないので当然だった。一度も記憶にないよ。困ったことが起きたなら力になりたいのに。わたし、安室さんのこと守りたいと思ってるんだよ。元気なら、いいんだけれど。


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