105 さっきから深く呼吸できない。肺が酸素を拒絶しているみたいに、少し膨らんですぐに吐き出してしまう。心臓もどくどくと気味が悪い。受付に立ってはいるけれど、頭は少しも回っていなかった。 「?」 同じくカウンターの内側に立っている安室さんがこちらを振り返っていた。彼は今、ロビーで待機しているバンドメンバーの三人を見張る傍ら、モニターで事件現場の映像を再生していた。画面には左半分しか映らない部屋の映像が等倍速で流れている。部屋にはスピーカーやアンプのほか、ギターなどの楽器が置かれている。それらを見つめるわたしを見下ろす安室さんが、怪訝そうに眉をひそめる。 「顔色が悪い。下で少し休憩してきた方がいいんじゃないか?」 「だ、大丈夫です」 「どう見ても大丈夫じゃないだろう。ここのことは気にしなくていいよ。何かあったら呼ぶから、行ってきな」 休憩所へ促す安室さんに首を横に振る。安室さん、普段から優しいけど、わたしが気を滅入らせてるときは絶対に気遣ってくれるよなあ……。ありがたく思いながら、気遣いを甘んじて受け取る資格がないのがつらい。 「違うんです、わたし、あの、大変なことをしてしまって……いや、しなかったって言うべきかも……」 「どういうこと?」 「ぼ、防犯カメラ……携帯で遮られてるってわかってたのに、結局移動してもらわなかったんです……」 俯き、震える手で口を覆う。深刻な失態を犯したという事実が、さっきからずっと身体を押し潰している。受付のスタッフの代打にもかかわらず務めを果たさなかった。そのせいで今、犯行現場と思われる部屋の決定的場面がカメラに収められていない。わたしがちゃんと動かすよう言っていれば、ドラム付近で山路さんの身に何が起きたのか、容易に突き止められていたのに。 いいやもっといえば、犯行に気付いて止められたかもしれない。山路さんは、殺されずに済んだかもしれない。考えれば考えるほど大変なことをしてしまったと気付いてしまう。 どうしよう気持ち悪くなってきた。 「結局ってことは、はあの人たちに動かすよう言っていたのか?」 「は、はい。多分置かれてすぐだったと思いますけど、毎回こうだと言われて、引き下がってしまいました……」 安室さんの顔が見られない。声音は責めていなかったけれど、わたしがしでかしたことは明らかだ。 いっそ、安室さんに非難されたほうが楽になるかもしれない。おまえがちゃんと移動してもらっていればこの事件は起きていなかったのにって言われたら――だめだ、尋常じゃなく傷つく。もう歩けないほどのダメージを食らう。そもそも、わたしの気を楽にするために非難を請うなんて、それこそ不謹慎だ。 「そうか」安室さんは腕を組み、再度モニターを見上げたようだった。気配は優しい。少なくとも、呆れても責めてもいなかった。 「犯人の狙いがどうであれ、君は気に病まなくていい。よく言っているだろう」 「え…?」 見上げると、安室さんは流し目でこちらを見遣り、仕方のなさそうにふっと小さく笑った。 「間が悪かっただけだよ」 そんな軽口を言う、安室さんがわたしを励ましてくれていることが伝わる。気付いたら、力が抜けて、笑っていた。 「それに、見えないくらいどうってことないさ。真相は必ず明らかになるから」 確信するように、三人に目をやる。優秀な探偵の安室さんが言うんだ。間違いなく、この事件の真相は明かされることだろう。わたしも、信じてる。 じんわり涙が滲んで、こぼれることはなかった。手で覆った口で大きく息を吸う。伊豆での事件の帰りに安室さんに言われたことを試してみたら、自然と心が落ち着いた。 事件はまだ、解決してない。解決のために、わたしもできることをしよう。拳を作って気合を込める。依然モニターに映り込む、忌々しい黒い影を睨みつける。 |