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わたしが見てきた限り、京治くんには物欲とか執着心みたいのがないと思う。

駅のショッピングデパートに来ていたわたしと木兎さんは現在、二階にある雑貨屋さんにいた。棚に所狭しと並べられた文房具や置物を眺めながら、ときには立ち止まって手に取って見てみたりする。店に入るのはこれで二件目だ。真っ先に行ったスポーツショップには実用性やお値段的にどうもピンと来るものがなく、一通り見たあとすぐに出てしまった。
木兎さんといえばこういう雑貨屋さんとまるで縁がないらしく、さっきから物珍しそうに手に取っては棚に戻している。180もある長身の男の人とほんわかしたこのお店の雰囲気は確かにミスマッチだ。退屈してないようなのが救いだけれど、早めに決めないと木兎さんに申し訳ない。しかし、視線を棚に滑らせてみるも今度はどれもお手頃な値段の上わたしの感性をくすぐるものばかりで、よりどりみどりのこの中から彼に見合う物を選び出すのは至難の技に思えた。棚から一旦目を離し、隣の木兎さんに顔を向ける。


「木兎さんごめんなさい、時間かかりそうです…」
「ん?いーよ、気の済むまで選べ!」
「い、いざとなったらお願いします!」
「それは駄目だろー」


えっ。驚いて彼を凝視する。ばっさり言い切った木兎さんを不安になりながらうかがうと、彼は両手を腰に当て、にかりと笑った。


ちゃんが選ばないとな!」
「…!は、はい!頑張ります!」
「あ、もちろん手伝いはするぞ」


ちゃんに頼まれたからな」そんな気遣いに、ありがとうございます!と勢い良くお辞儀をする。週一回しかない部活の定休日をわたしのために費やしてくれたこの人には今後頭が上がらないだろう。どれもこれも、悩みに悩んで結局一人じゃ決められなかったわたしが悪かった。


「そういや去年は何あげたんだ?」


何のことかは考えなくてもわかる。今ここに来ている目的のことだ。明日は京治くんの誕生日だ。彼へのプレゼントを選ぶのに付き合ってほしいと木兎さんに協力を仰いだ結果が今日だった。
去年の京治くんの誕生日に、何をプレゼントしたのか。すぐに思い出せて、それから少し落ち込む。


「スポーツタオルを…」
「ふーん?…あ、オレンジの?」
「はい…」
「使ってんの見るわ」
「えっ!ほんとですか!」


頷く木兎さんにパッと気持ちが明るくなる。去年一人で選んで自分なりに気に入ってプレゼントしたそれは、わたしのお母さんや友人から不評だったのだ。感丸出し、赤葦くんに合ってなくない?、それはもうけちょんけちょんにされ、わたしの心は見事に折れた。中学まではお菓子や文房具などの当たり障りのないものをプレゼントしてきて、去年初めて自分で考えて選んだらそれだったのだ。心も折れるでしょう。
でも、そっか、京治くん使ってくれてるのか。嬉しいなあ。自然と口元がにやける。ふと視線を上げると、木兎さんが壁に掛かったトートバッグに手を伸ばしながら、うーんと零した。


「赤葦にしては明るいの使ってんなーって思ってた」
「うぐ…」
「あれちゃんからのだったんだ」


そうです、と情けなく返事をする。木兎さんから見ても合ってなかったのか。やっぱり京治くんにはもう使わなくていいよって言おうかなあ……。

わたしから見る京治くんは、物欲とか執着心があんまりない人だと思う。そりゃあ部活に打ち込んでる姿には勝ちたいって気持ちが見て取れるけれど、それ以外の場面ではどうも、何でもいい、というか、何でも大丈夫、っていう心持ちが見えるのだ。
だから……だからっていうとすっごいずるい奴だなわたし。口をぎゅっと閉じる。決して京治くんのそういうところにつけ込んでるわけじゃないけれど、最終的にその部分にフォローされてるんだと思う。きっとあのオレンジのスポーツタオルだって、京治くんは何でも大丈夫と思って使ってくれているのだろう。それもわかった上で、わたしは、京治くんが使ってくれてとても嬉しいと思っている。

…よし。ぎゅっと拳を作る。ごめんね京治くん。今年こそは、絶対いい物プレゼントするから!!今年は強力な助っ人も呼んだから安心だよ!

くるっと木兎さんに振り向く。強力な助っ人こと木兎さんは、今度は美容コーナーで小顔ローラーを手に取っていた。「木兎さんは京治くんのことよくわかってるんですよね!」十六年京治くんに引っ付いてるくせに彼の好みもよくわかっていないわたしにとって、先々週の土曜日に木兎さんが言っていた台詞はものすごく魅力的だった。何としても協力を仰ぎたいと思い先週連絡先を入手し、昨日勇気を出して頼んだのだ。
それを快諾してくださった木兎さんはシリコン製の小顔ローラーから目を離しわたしに向いたあと、またそれに戻した。


「んーそうだな。でもちゃんのこともわかってるぞ」
「?」


顔を上げ、さっきのように大きく笑う。「赤葦のことすきなんだよな!」その言葉は、背中を押してくれてる気がした。作っていた拳を固く握り締める。


「そうなんです。わたし、京治くんのことが大好きなんです」


ほとんど自由に選べる中、高校までついて来たのはわたしだ。京治くんのことが小さい頃からずっとすきだった。わたしにとってはそれだけで志望理由になる。


「告白しねーの?」
「? あんまり考えてないです」
「そーか!ま、告白は男からするもんだよな!」


「でも赤葦があんまりトロいんだったらちゃんから行くんだぞ!」笑顔で言う木兎さんに頷く。
でも実はわたし、それはあんまり心配してないのだ。どうしてだろう。昔からずっと、付き合ってるの?って周りに言われてたからかなあ。なんとなく京治くんは、わたしのこときっと嫌いじゃないし、だから言わなくてもずっとこのままでいられると思ってる。言ってくれたら絶対、嬉しいけどね。

視線を隣の棚に動かすとマグカップのコーナーに辿り着いた。クリスマスに向けたデザインのそれらにわくわくしながら眺めていく。…マグカップかあ…いいかもしれない。これから使えるし、京治くん自分のは持ってないと思う。よしそうしよう!
プレゼントはマグカップに決め、あとは柄を吟味する。一つ一つ見ていき、京治くんがそれを使っている姿を想像する。最終的に二つが残り、決勝戦をしても甲乙つけ難く、どうしても決められそうになかったので木兎さんに選んでもらおうと足を一歩動かした、ところで、さっき言われたことを思い出す。踏みとどまり、もう一度棚に向かって考える。わたしが選ばないと。

それからしばらく、何分くらい悩んでいただろうか。結局決め手は自分が欲しい方という基準だった。両手に包み、最後にもう一度、京治くんがこれを使っている姿を想像する。……いい!心なしかどきどきしてきた。やっぱり京治くんはこういう、暖かいデザインも似合うなあ。メッセージも込められてるし、早く使ってる君の姿が見たい。
随分暇にさせてしまっただろう、急いで木兎さんを探すと、彼はブランケットのスペースにいた。「木兎さん!」商品に気を付けながら駆け寄ると、ブランケットをバッと広げていた木兎さんがこちらを向いた。「どうでしょうか!」マグカップを見せると、彼はニッと笑った。


「いいと思うぞ!」





レジでプレゼント用にラッピングしてもらってから、わたしたちはフードコートで季節外れのアイスを食べていた。お礼に奢りますと言ったけれど木兎さんは陽気に笑いながらいいっていいってと断りダブルアイスを注文していた。
時間的にピーク前なのか、空きテーブルを探すのは簡単だった。窓際の四人席に向かい合って座り、疲労した足を休める。ずっと立ちっぱなしだったから疲れた。もちろんわたしが文句を言える立場ではないし、疲れたと言いたいのはむしろ木兎さんの方だろう。「木兎さん、付き合ってくださり本当にありがとうございました!」深々と頭を下げると、彼のきょとんとした声が聞こえた。「いや?あんま付き合ってないし」それに顔を上げる。そんなことない、わたし今日木兎さんがいなかったら、何も自信持って決められてなかった。「俺、今日は楽しそうだから付いてきただけだよ」「え?」


「赤葦はちゃんが選んだ物なら何でも嬉しいって、俺わかってるからさ!」


その台詞に、へにゃりと笑ってしまうのも無理はないだろう。「ありがとうございます…」もう一度感謝の気持ちを伝えると、木兎さんはコーンの部分をかじりながらニッと笑った。……この人は、すごい人だなあ。木兎さんがバレー部の主将なのも、そこのエースなのも、全部納得するしかないよ。

使わなくていいよなんて、やっぱり言わない。京治くんには、あのタオルの寿命が来るまで使っててほしい。それで、このマグカップもずっと使ってほしい。わたしがあげた物が、京治くんの物としてどんどん増えていったら嬉しいと思う。だから明日、絶対に渡そう。


バレー部の人たちは昼休みに部室でお祝いする計画を立てているらしい。放課後もすぐに部活だ。だから、わたしに与えられた時間はもう、あそこしかない。