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十二時過ぎに体育館から撤収したバレー部はスタメンを中心に残り、昼飯を食べたあと外で軽くレシーブとトスの練習をしてから解散した。二時間ほどやったあと着替えや雑談にふけっていたため家に着いたのは四時過ぎだった。クローゼットの近くにエナメルバッグを置き、コートとブレザーをハンガーに掛ける。夕食までまだ時間はあるだろうけれど、シャワーは学校で浴びてきたし、とりあえず食べ終わるまでは部屋着でいよう。そう思いカーディガンのボタンに手をかけた。

先ほどの自主練後の部室で、木兎さんのワイシャツが消えるという事件が発生した。シャワーを浴びたあとだった木兎さんは上裸のまま寒い寒いと騒ぎ、制服を探す間それにカーディガンだけを着るというなんとも形容し難い格好で部室内を荒らし回っていた。木葉さんや小見さんが散々気持ち悪いと爆笑する中、それを横目に着替えを進めていた俺は結局見かねて彼の大捜索に付き合うことにしたのだが、最終的に木兎さんのワイシャツは彼が乱雑に入れたエナメルバッグの底に埋まっていたため、人のロッカーまで漁り回った張本人は先輩方に蹴飛ばされていた。

そんな珍事を思い出しながら、ワイシャツと下に着ていたTシャツを脱ぎ上裸になる。と、そのタイミングで部屋の外からタンタンと規則正しい音が聞こえてきた。……あ。


「ちょっ」
「京治くんおかえギャーーーごめん!!」


バタンッと音を立てドアが閉まる。…やっぱりだったか…。息を吐き、とりあえずとクローゼットから出したスウェットとジャージに着替える。なんだかさっきの木兎さんみたいなことをした感じでものすごく複雑な気持ちになる。脱いだ制服を簡単に畳んでから、今度はこちらからドアを開けた。
ついさっき一瞬顔を覗かせたは今、思った通り廊下でしゃがみこんでいた。覗き込んでみるけれど顔を両手で覆っていて表情はうかがえない。


「ごめん、大丈夫?」
「だいじょうぶ…」


手を離した彼女の顔は真っ赤だった。あははと照れ笑いしながらこちらを見上げるにどういう顔をすればいいのかわからず俺も苦笑していると、今度はパタパタと階段を上る足音が聞こえてきた。いつもスリッパの音を鳴らすのは母親だ。予想通り、その姿は階段を上りきる前に捉えられた。「何かあった?」なぜか楽しそうなその人はどうやらさっきのの悲鳴を聞いて来たらしい。「な、何でもないです!」が手をブンブンと振って誤魔化すと母はそう?と頬に手をやり首を傾げた。


「なんだ、京治がちゃんに何かしたのかと思ったわ」
「そっ?!!」
「…ちょっと」


何を言い出すんだこの人は。呆れながら視線をに流すと、赤かった顔がますます赤くなっていた。「やだなに想像したの〜?」にやにやと煽ってくる母にこれ以上余計なことをの耳に入れさせまいと、「夕食の時間になったら呼んで」とだけ言いを部屋に引き入れた。すぐにドアを閉めると廊下から母の気の抜けた返事が聞こえ、階段を下りる足音も段々と遠ざかっていった。安堵の息を漏らし、改めてを促す。

自分で言うのも何だが、物の少ない自室は普段から割と整っている。中学の頃にもそれを褒められた記憶がある。というか多分、それ以来意識して片付けをこまめにするようになったのがいつの間にか習慣になったのだと思う。ふと思ったことを口にしただけとはわかっているが、俺はの何気ない言葉一つ一つをよく覚えていて、それらをとても大事にしていた。

妹のように可愛がっていたを、いつの間にか一人の女の子として見るようになっていた。間違いなく俺にとって一番大切な人だったけれど、意図して何かを伝えたことはなかった。前から得ている確信から、誰かのものになるという不安もなかったからだ。

促され、ベッドを背に絨毯の上に座り込む彼女の顔はまだ赤かった。からかわれたことには気付いてるだろうに、大げさに照れてしまうのは、

隣に腰を下ろすとの肩がビクッと跳ねた。


「え、何もしないよ」
「ごっごめんわかってるよ?!!」


そのくせ俺から距離を取ろうとするのは、なにも危機感とかではなく単に恥ずかしいからなんだろう。いっぱいいっぱいの様子に堪え切れずくすくす笑うと、「わ、笑わないでよー…」眉をハの字にさせたもへにゃりと照れ笑いしていた。

こういうときよくわかる。は、俺と同じ気持ちなんだろうと。随分前からそれを確信しているからこそ、俺は安心して、この距離感を維持しているのだ。