1 「ちょっと待ってて」 「全然待つよー」 入り口に立つはそう言ってから体の向きを変え、教室を出ようとした生徒を避けた。そんな彼女から目を離し、手早く荷物を整えバッグを肩に掛ける。の担任は話が長いらしく今まで俺から迎えに行くのがほとんどだったけれど、今日は逆になったようだ。入り口に近づくと目が合う。彼女の口元が笑っているのは、きっと無意識なんだろう。 部活が休みの木曜はと帰るのが習慣となっていた。彼女は二軒隣に住んでいる女の子で、小学校に入るよりも前から親しくしている。高二の今はちょうどクラスも二つ隣だった。 「ごめん、帰ろうか」 「うん!」 大きく頷くと顔の半分くらいが桃色のマフラーに隠れる。首に巻かれたそれは今年新しく買ってもらったものらしく、彼女によく似合っていた。もう十一月も終わりに近づくこの頃では、梟谷学園高校の生徒は徐々に防寒対策をし始めていた。周りもコートやマフラーを身に付けるようになり、校舎の外では段々とブレザーの色が消えていく。自分も数日前からコートを着るようにし、間違ってもこの時期に風邪なんて引かないよう注意は払っていた。バレー部は一月に大会を控えているのだ。 並んで昇降口を出ると、北風の冷たさを直に感じる。今日は朝から風が強かったが、気温の下がってくるこの時間帯は一層厳しい寒さだった。思わず肩をすくめる。「寒い〜〜」隣でくぐもった声を出すはやはりマフラーに顔半分をうずめていて、上からだと少しだけ、鼻の頭が赤いのが見えた。そうだろうなと思い、彼女の足へ視線を落とす。 「足が寒そう」 思った通りの膝小僧も寒さで赤くなっていた。厚手のダッフルコートと毛糸のマフラーで上の防寒対策はなかなかだとは思うが、足のそれは見るからにおろそかだ。そろそろ素足を出してはいられない時期になるだろう。ちらりとの顔を見遣ると、彼女は恥ずかしそうに肩をすくませて、明日からタイツにすると笑った。 小中と学区通りの学校に通っていた俺とだが、クラスが同じになったことは一度もなかった。何度とクラス編成を経てもいつも必ず一つか二つ隔てたクラスになるのだ。それを心底残念がるを慰めようと小三の春、クラス発表でがっかりする彼女に、仲良しの人とは離れちゃうんだよと慰めたことがある。すると彼女は途端に目を輝かせ「それなら仕方ないね!」と笑ったのだった。それからはクラス替えのたびの方から「わたしと京治くん仲良しだもんね」と、クラスが同じにならなかった報告とセットで言いに来るようになった。もちろんそんなのは俺の口から出たでまかせにすぎなかったが、も自分と仲がいいと思ってくれていることが嬉しくていつも頷いていた。 だからきっと、共有する時間というのは多くなかったと思う。それでもこうして一緒に帰る時間だけは十年経っても継続されているのはきっと、今でもずっとお互いに気持ちのいい間柄で居続けているからなんだろう。中学で俺が部活に入ってからも休みの日はほとんど毎日二人で帰っていた。 並んで歩いているときは、俺たちの間には何もなかった。ちょっと手を伸ばせばすぐに触れられる距離だ。自分はそれが、とても心地のいい距離だと思っている。 「じゃあ、ばいばい京治くん」 「うん。また明日」 の家の前で別れる。軽く手を上げ、玄関に消えていく彼女を見送っていた。 こんな変わらない日々の中で、をすきだと気付いたのはいつだったろうか。 → |